日記・コラム・つぶやき

2009年10月29日 (木)

本は売れても娘は売らぬ!

Photo 高田馬場の本屋(芳林堂)に置いてあった。

「刑務所の奇人変人(道出版)」が発刊になり、色々と書店を回る日々である。

やっぱり売れ行きが心配で我が著書を見つけるたびにチョコッと目立つように小細工してるのだ。

そして、あまり連絡取りたくないヤツらや方々にも「買ってよねheart」と頼んでる。

結構、自分では面白いと思うのだが如何だろうか?

ある読者からは、

「各エピソード粒揃いで、視点は客観的なようでいて各人への愛情ある目線が貫かれてますね。特に冒頭の『気功パワーで塀を壊す』は笑いました・・・云々」

と感想文を頂いた。

この本が刑務所内で入るのか、読めるのか心配だが、読ませない刑務官は奇人変人である。

酒井法子さん、高相祐一さん、押尾学さんも読んで欲しい。

きっと彼らや彼女らも入獄すれば奇人変人扱いされるのだから・・・。

でも、刑務所には入らないほうがいい。

誰しも奇人変人になってしまう。

勿論、私も妻の水無潤も「超」奇人変人だ。

変態妻とウブな私との夫婦生活は壮絶を極めている。

お願いだから生まれてくる娘は私に似て欲しい。

しかし、絶対にシャブになど手を出さず、

ヤクザなどとは交際しないで・・・。

出来ればセックスもしないで欲しい。

私が生きてる限り男に指一本触れさせないぞ~!!!

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2009年10月24日 (土)

テレビ局3社から・・・。

酒井、高相、押尾さんたちの件でテレビ局3社から何かと連絡があり、色々とフニャラフニャラである。

確かに覚せい剤やエクスタシーのことなら警察やマトリよりも知ってるかな・・・。

過去に「全国覚せい剤汚染地図(竹書房)」というムックの90%ほど書いたことがある。

密輸に携わる大元卸から小売人まで多くの知人がいるので、彼ら、彼女の、又は芸能界のシャブ汚染も知ってるが、この際だから訊かれたことには答えてしまおう。

だって、私は「覚せい剤、違法薬物撲滅運動活動家」なんだもの・・・。

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2009年10月15日 (木)

口にガムテープ・・・。

私の口にガムテープを貼られている。

何かと嬉しいことがあると調子に乗ってペラペラ喋るからだ。

今日も「す~ぐ、舞い上がる!」と妻に叱られた。

今度、余計なペラペラや妻及び人様の会話をさえぎったらペニスバンドを咥えててフエラ~リしなくてはならなくなった。

それをユーチューブに流すというから恐ろしい。

妊娠した妻は最強兵器と化している・・・。Photo

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2009年10月14日 (水)

恐怖のオリモノシート・・・。

私の書類棚にオリモノシートが貼られている。

Photo_4 かつて魔除けとしてパソコンに貼られてたが、現在は棚の中に「ワタシ以外のエロ画像とか、エロDVDとかあるんでしょ。そんなに他のマソコが見たいの?」という妻・水無の閲覧禁止防御手段である。

それは普通の女性でもやることなのか?

私も雑誌の企画などで何度か女装もしたし、水無がエロステージに立つ時はマニキュアやアイシャドーを塗ったりしている。

様々な角度で物を見て物を書くライターとしての、又、変なヒモが付いてるとは思われたくない私なりの考えでだが、妙なヤツと世間で思われてるのは確実だ。

090426_0006461 もう両小指に作り物の小指も作成している。

何とかマトモなヤツに思われたい。

Photo_5 実際には相当に真面目人間なんだ。

そりゃあ、水無を笑わすために、喜んでくれるためにゃ何でもするさ。

チンチンダンスだって、天使チャンダンスだって何度もやってやる。

再びパンツ一枚でウチの外に出されたくないもの・・・。

あの時はオートロックのマンション入り口で弱ってしまった。

本当に女性の心理って分からない。

ちなみにオリモノシートって恐ろしいモノである。

いつになったら剥がされるのか?

それとも、まだまだ数が増えるのか?

それが問題だ!

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2009年10月10日 (土)

明日は元ポン中主催のデモだけど・・・

一昨日の夜、職安通りで職務質問にあった。
そりゃあ、韓国海兵隊のジャージは派手だ。
おまけにアデダスの帽子に
黒いサングラスをかけ、
手には大きな封筒を持っている。

待ってました、とばかりに警察官にビラを渡した。
「今度は11日に渋谷でやるんですよ・・・」
「あっ、うかがってます、ご苦労様です!」
と敬礼までされちまった。
身体も持ち物も調べなかった。
1ヵ月前までは持ち物検査され、
必ず
「交番か、署まで来い!」
とか言ってたのに・・・つまらない。

もし私が偽ジローでシャブとか持ってたら如何するんだ。
それに怪しいカッコのヤツが悪いことする訳ないじゃないか・・・。

昨日は渋谷署へデモの許可書を受け取りに行った。
すると帰る時も見送ってくれる。

まだデモの効果で良い結果は出てないかも知れない。
そう簡単に世の中は変わるもんじゃない。
だが、人は変われるはずだ。
基本的に良い部分を誰かが引き出してやればいい。
だが、悪く変わるのも簡単だ。
常に平常心を保つのが難しい。

明日は「第2回 NO MORE ドラッグ デモ in 渋谷」である。
この運動を持続するのも楽ではない。
どこまでやれるか分からない。
娘が誕生して育ち
「パパ、やめてよ!」
と言われたら止めてしまうだろう。
私にとって娘は絶対権力者だ。

それにしてもデモに何人が参加してくれるのかな?
3列行進とか規則もあるし、
違反行為をする者がいたら私が全て責任を取らなければならない。

「元暴力団員、デモを口実に路上で怒声をあげポン中に殴打を加えて逮捕・・・云々」
とか新聞記事に載りたくない。
悪いことすると、警察官はヤクザ以上にガラが悪くなるし、
バカなことをやらかして喜ぶのは
マッドマッケスの連中さんたちだ。
私が社会不在になれば
水無潤を奪い取られる可能性が高い。

それでも明日は美しい水無潤の姿を見に来て下さいね・・・。Photo

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2009年10月 7日 (水)

「死んだら殺す!」って・・・?

Photo Photo_2 Photo_3中川元議員が亡くなった。 マジで自殺か、病死か・・・?

かつて私は帯広市民であった時がある。
六花亭の饅頭は美味い。
その箱だとか作ってたこともある。
豚丼も有名だ。
市内で一番美味いと言われるジンギスカンの店にも行った。
食い物の美味い土地で自殺は少ない。
都内のメシに悲観した訳でもあるまい。

お父さんも自殺したって?
世の中の人は、そう信じてるようだけど・・・。
セガレもか?

本当に親しいモンが亡くなれば、
頭に来る。

スペクターの阿部勝弘が亡くなった時は
悲しくて、悔しくて堪らなかった。

とりあえず
「不良伝説ZERO(コアマガジン)」
というコミック本で漫画にしてやった。
絵が男前過ぎるけどさ。
ヤツはイイ男だったよ・・・。
あれほどバカな野郎も珍しい。
自慢じゃないけど私もバカだ。
葬儀で阿部の内縁の妻であるカオルちゃんには
「ジローちゃんのバカ!」
と泣きながら言われちまった。
「カッチャンが焼けた、魚みたいに焼けちゃった~♪」
と酔っ払ってたカオルちゃんもバカだ。
バカはバカ同士気が合うのかな?
だいぶ世話になったっけ・・・。
家も近所だったし・・・。
人に言えないことも私には話してくれた・・・。
私の無理も聞いてくれた・・・。

かつて赤坂の天皇と言われた故・浜本政吉親分は、
舎弟さんの葬儀で怒り狂ったという・・・。
号泣したともいうが、私は阿部の葬儀で泣けなかった。
まだ亡くなったとは思えないんだ。
基本的に男は人前で泣くもんじゃない。

中川元議員の死を悲しみ涙を流した政治家さんたちさ。
どうせなら号泣しなよ。
ペラペラと喋りながら男って泣けるものなのか?

夜中にフッと阿部が夢に出てくるけどさ。
泣きゃせんわい!

私も病気に負けたくない。
娘の成長を見届けたいし・・・。
いつ死んでも悔いはなかったけど、
「死んだら殺す!」
と妻の水無に言われる日々である・・・。

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2009年9月21日 (月)

『ロックンローラー・中野ジロー』

やっぱり矢沢永吉さんが好きだ。

「60代でロックンローラーやってるの、アメリカのミックジャガーやエアロスミスだけだけど、俺やるよ!」

と、先日のコンサートで言っていた。

私は60歳までにロックンロールを歌えるようになりたい。

現在は妻・水無の前でCOOLSさんやKONTAさんの真似をさせられる。

まあまあ踊るのは何とかなる。

歌うのは宇崎竜堂さんの「港のヨーコ、横浜横須賀」くらい・・・。

語り調なのは何となる。

オンチは治らないのかな・・・。

でも、物を書くこととジャーナリストとかでメシが食えるように成らなければ!

それより何より健康が第一だけど・・・。

「人生50年」と思ってたけど、長生きしないとね。

いつか「元ヤクザのロックンローラー」としてデビューしたいものだ。

実はお笑い芸人のほうが向いてるけど(亡き父親曰く)。

月蝕歌劇団の高取英さんには、

「俳優に向いてるね・・・」

と言われたが、

まずはバンバンと物を書き、何十冊もの本を出せるように頑張らねば!!!

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続・バカな男の独り言

酒井法子さん、高相祐一さん、何故に建設会社とか絡んでくるのか?

私の地元である中野区じゃ黙ってられなくなってしまう。

社長と同じ姓は多いね。

その名前のヤクザもいた・・・。

何故に「仕事の話が・・・」って

「そのヤクザ」の兄弟分から電話が後輩を通してあったのか?

まさか「護衛」って話じゃなかろうし、

もうヤクザ止めたし、下らないヤクザとは関わりたくない。

おまけに何とか首相の息子さん。

かつて私の姓と同じじゃないか?

あのサーフイン店は有名だったし・・・。

サンミュージックの裏側も知ってるけど・・・。

余計なことは言わないようにしなきゃ・・・(フフフ)。

カタギの世界って色々と圧力をかけられると困るみたいね。

同じ圧力でも「男気」ってえのを出す意味でのオジサンたちの行動なら、

大したものだ。

それにしても中野区民なら、

昭和の偉大な侠客・清水幸一の名を忘れず、

情を第一に生きていこう。

そんな時代ではないのかな・・・?

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2009年9月20日 (日)

保釈とは・・・。

シャブの切れ目は辛い。

一週間は身体がだるい。

ズーッと寝っぱなしになり起きてもイラついて堪らない。

腹は減る。

歯が痛くなる人もいる。

1ヶ月はヤリたくて、二ヶ月を過ぎると多少は落ち着いてくるけどさ。

一年はシャブ食う夢を見るかな・・・。

高相祐一さんとか色々と保釈で出た。

シャバの空気を吸ったら拘禁生活の辛さが頭から消え去ってしまう人も多い。

まず一度だけ食って・・・とか考えてしまうものだ。

かつての後輩がシャブでパクられ、保釈で出て再びシャブ食って逆戻りしてしまった。

金さえあれば「保釈弁護士」というのもいる。

本来なら無理と思われる事件でも保釈で出してくれるほどの力がある。

「金さえ出せば何でもしますよ!」という弁護士もいたっけ。

世の中には裏から手を回すことで色々と不可能を可能にすることもある。

だけど、北海道弁護士会副会長さんがシャブを持っててパクられた。

自分の弁護をするのだろうか?

裁判も実は裏で色々とあって・・・。

私も6回目や7回目の刑務所行きの時は、逆に裁判での弁護の仕方を弁護士に教えてあげた。

人に信じられる男に成りたい。

少なくとも人を信じられなくなっていた妻・水無潤は変わった。

やがて生まれてくる娘が「男なんて・・・」と言ったら悲しいなんてものじゃない。

きっと泣いてしまうだろうな・・・。

それにしても本当にシャブを止める気なら保釈で出ないほうがいい。

少なくとも未決で反省しよう。

反省だけならサルでもできる。

ゴメンで済めば警察はいらない。

自身でケジメを如何つけるかが問題だ。

実際に刑務所は辛いけどさ。

もっとシャバに出てからのほうが辛い。

ようやく私は幸せを手に入れた。

美人の妻を貰ったから・・・。

きっと娘もカワイイだろうな・・・。

もはやデレデレでヤバい!!!

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2009年9月18日 (金)

バカな男の独り言

実は「日陰者」と思ったことはなかった。
でも、そういう扱いされた。
それが悔しかった。
でも、常に仲間たちがいた。
それが嬉しかった。
私のために涙を流してくれる。
真剣に怒ってくれる。
良いことをすると喜んでくれる。
何より妻の笑顔を見るのは楽しい。
外国でも苦労を重ねたことだろう。
人を信じられなくなっていた。
今では誰よりも信じてくれる。
その妻の両親でさえ小指無し前科有りの私をムコと認めた。
背負う期待はデカい。
目指すものは果てしなく遠い。
だが、ヤルと決めたことはやってきた。
バカ正直なものはバカだと言うが、
バカはバカなりに、
バカ野郎にバカにされないバカになってみせる。
亡き父親・漫画家森哲郎の無念を晴らし、
男らしく、
妻を幸せに、
過去は過去として
娘には尊敬される父親になりたいものだ。

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2009年9月10日 (木)

「元連合赤軍」と「こわれものの祭典」

「元連合赤軍」の植垣康博さんと、月乃光司さん率いる「こわれものの祭典」が「NO MORE ドラッグデモ」に賛同してくれた。次に私の新刊本を出してくれる「道出版」も・・・。

当日はミリオン出版の方が撮影に来てくれるそうだ。他にもマスコミ何社が来てくれるかも知れないが、次には新宿ロフトプラスワンか阿佐ヶ谷ロフトでイベントやりたいと思っている。

今、頑張らねば・・・。

いや、いつも頑張ってはきたさ。

悪いことも良いこと(?)も・・・。

だが、まだまだ目指す目標はズーッと遠い先にある。

月蝕歌劇団代表の高取英さんにも言われたが、早くC型肝炎を治さねばならない。

原因はシャブを注射器で回し打ちしたからだろう。

アブリなど流行ってない頃に覚えてしまったが、あれは脳ミソがやられるよ。

只でさえバカなのに、これ以上バカに、バカなことでバカになったらバカバカしい。

植垣さんは、腹の据わった「男」だ。

月乃光司さんは、変な人だ(私ほどではない)。

道出版の佐藤彰編集長も変な私の本を出してくれる変な人だ。

とか、人の名前をズラズラ並べるとブログアクセス数が増えるらしい。

今後、悪いことは一切せず良いことだけに頑張るんだ。

娘のためにも正しく生きてみせる!!!

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2009年9月 1日 (火)

押尾学の薬物ルート解明。保釈とは・・・。

押尾学の薬物ルートを知っている(ほぼ)。

その詳細を堂々と述べられる者は少なかろう。

私なら述べられる。

MDMAはシャブより海外から入手しやすい。

一時期は難しかったが・・・。

バカなアホなポン中から仕入れるなら腹を括ってなさい。

何を学んでたんだ!

それにしても男なら女を見捨てるな。

泣き入れて保釈で出るなどダサい。

パクられて頭を下げるなら最初から悪事に手を出すな。

故・勝新太郎くらいキメセリフを吐いてみろ。

何が暴走族出身だ、ブラックエンペラーをナメるなよ!

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2009年8月28日 (金)

酒井法子さん、起訴。「脱ポン中の会」を代表して一言!

酒井法子容疑者を所持で起訴
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=943878&media_id=2

ここ10年ほど前から裁判を維持できないと判断した事件でも起訴するケースが多くなった。

状況証拠を集めれば物的証拠とすることができるからだ。

それと世間に法の厳しさを示すためでもある。

又、長い期間を拘留させ、接見を禁止されれば精神的にも堪える。

子供を持つ親なら尚更辛かろう。

色々とペラペラ喋らせ、他の事件なども自供させたり、

様々な情報を入手する手段でもある。

私は覚せい剤で17回逮捕され、起訴されたの事件が8回・・・。

通算17年以上を刑務所で服役したロクデナシであった。

最後に出所して4年2ヶ月になるが、その過去は一生消えやしない。

だが、男は経験をプラスに切り替え、前へ前へと進んでいかねばならない。

密売に携わることは止めた。

無論、使用することもである。

現在は物を書くことを職業としている。

何度も挫けそうになった。

今、私の妻のお腹の中には女の子がいる。

妻も元ポン中だ。

MDMAの前科もある。

時に「シャブ食いた~い!」と口走ることもあった。

しかし、妊娠してからは違う。

シャブの「シ」の字も取材など以外では口にしないようになった。

「のりピー、可哀相。子供も・・・」

そして、

「高相、生きてる価値ない!」

とまで言う。

私も19才年下の妻の手本として生きなくてはならない。

子が生まれれば娘が2人いるようなものだ。

高相祐一さんも報道に出ない部分では妻を庇っていると訊く。

どんな結果になろうと、経緯が如何なるものであっても、

すべて男の責任だ。

日本の非常時に立ち向かうのは男であり、女に笑われてはいけない。

世の男たち、

ポン中たち、

強く、国を、家族を、

友人を守れるようになろう。

近頃の女は強い。

酒井法子さんも起訴されたが、強く頑張っているはずだ。

供述もヘタなヤクザより上手く戦い腹も据わっている。

高相祐一さんも頑張って欲しい。

もっと、もっと、私も頑張るから。

元ポン中から這い上がってみせるからさ!

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2009年8月21日 (金)

女の子が生まれます!

妻・水無潤のお腹の中には女の子がいます。私の娘です。宝です。神様です。もう刑務所へは入りません。ずーっと娘の側にいます。女の子を欲しがってた水無は早くもバカ母になってますが私は大バカジジィです。これは超音波の3D画像ですが4Dの動画も撮りました。口をパクパクと動かしてたし、ちゃんと小指もありました。刺青も彫ってません。勿論、前科もありません。勿論、覚せい剤とかの経験もありません。超美人でスタイルも抜群です。まだ処女です。この可愛さに水無も降参しました。水無家の両親に取られるもんかいな。初孫だからって最初は中絶を勧めたんだ。私は「ダメ、ゼッタイ!」と答えて婿のくせに突っ張った。そりゃあ育てるのは大変だ。只でさえ水無潤を育ててる。人がやれないことをやってやるさ。10月には新刊本も発売される。刑務所のことなら、ヤクザのことなら、覚せい剤のことなら、暴走族のことなら、裏社会のことなら詳しいぜい。ただ女のことは詳しくない。さあ、どうしましょ・・・?210821

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2009年8月20日 (木)

携帯電話にプリクラって魔除けに貼るの?

歌舞伎町のゲームセンターでプリクラを撮った。

周りは全て若い女性である。

満50才になる私は恥かしい。

それに水無以外の女子を見てはいけない決まりがある。

ちゃんと許可を貰わなくてはいけないのだ。

「あの子、可愛い、キレイね・・・」

と言われて「そうだね」などと答えたらケリが飛んでくる。

そうはイカのキンタだ。

その手は桑名の焼きハマグリだ。

故に外出時は黒いサングラスをかける。

それでも何処を見てるか隙間から見てる時がある。

もう他の女子を見ないクセがついてしまった。

勿論、水無以外を見る気はない。

関心もない。

だが、やたらと水無を男子は見る。

「写真撮っていいですか?」

少し私と離れてると声もかけられる。

私に声かけるのはガラの悪い人ばかりだ。

最近はオマワリさんも私を避ける。

彼らにとってウザい存在なのかも知れない。

何しろ、話だしたら止まらない私だからだ。

そりゃオモロい情報を聞き出す良い機会と思うからである。

そのうちオマワリを職務質問して一緒にプリクラを撮ってやる。

まあ、本当にプリクラはオモロいものだ。

色々と落書きするのも楽しい。

ガキの頃から授業中には教科書に・・・。

暴走族の頃はガードレールに・・・。

ヤクザになってからは当番帳に・・・。

刑務所では雑記帳に・・・。

今では実話マッドマックスなどの雑誌に・・・。

何才になろうがプリクラを撮り落書きを描いてやる。

ちなみに私の携帯はプリクラだらけである。

これも水無曰く魔除けの効果があるらしい・・・。
Photo Photo_2 Photo_3

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2009年8月 4日 (火)

押尾学と水無潤の逮捕。

Photo すいません。更新で書かなくてはならない事は沢山ありますが、書く時間がありません。それで妻・水無のミクシーの日記をコピペしました・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
押尾学、麻薬陽性で逮捕!女性死体と部屋に
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=918558&media_id=42


あらっ!
オイラ、この方と同学年だわっあせあせ(飛び散る汗)
同じ罪名だわっ爆弾そして麻布署…
同じ所轄だわっあせあせ

オイラ救急車で運ばれて
デコ様が迎えにきて逮捕あせあせ(飛び散る汗)

一緒にいた男は逃げたexclamation

逃げるんだよねぇ…こういう時exclamation

押尾さん、ビックリしちゃったのか…

死亡者出たら尋常じゃないよな…



ところで偶然にも先週、7.31発売
アサヒ芸能特別編集
「怖い!刑務所」

わたくし水無潤のこの時の体験記が漫画で載ってますダッシュ(走り出す様)



もちろん、オイラの旦那様であり逮捕、刑務所のプロ「中野ジロー」の仕掛けですダッシュ(走り出す様)

どうぞよろしくあせあせ(飛び散る汗)

すぐ時事ニュースに乗っかる
水無潤でした~冷や汗
(いつもホンマ偶然なのです冷や汗
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ホントに、困った水無潤ですが、それに便乗する中野ジローは、もっと困った野郎でございま~す!

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2009年7月29日 (水)

ゴメンね、ジロー・・・。

次の著作を出版予定のため原稿を書いてます。何かとご心配下さってる方には大変申し訳ありません。パクられてる訳でも病気でもなく、ただ更新に神経が集中できない、といった感じです。そう言えばマッドマックス掲載の漫画など色々と書かなくてはならないのに・・・・・ゴメンなさい。妊娠中の妻・水無潤も19週目を迎えました。出産予定日は12月21日だそうです。産まれてくるコドモマンのためにもお仕事頑張ります。勿論、最愛なる妻のためにも・・・! (とは言ってもプロレスを後楽園まで観戦に行ったり、志木の祭り行ったり、渋谷のマルキューへ買い物に行ったりしてますが・・・。面白く、又、楽しかったのは富山県の妻の実家である私の婿入り先に1週間ほど行った時のことです。小指無し、銭無し、前科有りの元ヤクザが義父母と大した年齢も違わないのに図々しい話でござんすねぇ~♪)090726_1250161 090726_1346102注・そうそう、披露宴の記事は8月7日発売の実話マッドマックスにカラーグラビア4ページで掲載されます。

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2009年6月21日 (日)

こわれものの祭典・ハヤブサ選手

6月14日、「こわれものの祭典・東京公演」に行ってきた。
勿論、妻・水無も一緒である。
何しろ、ゲストにハヤブサ選手の名が連ねてありゃプロレスオタクの血が騒ぐのだろう。
数日前から少女の如く「キャッキャ~♪」とハシャいでた。
だが、心の中では辛くて堪らないのだ。
それは三沢選手が試合で亡くなったからである。
消沈する水無だが、相変わらず類を見ないほど美しい。
こわれもののメンバーに見せびらかしてやった。
妻も障害者の3級を持っていた。
このイベントで前にも何度かステージで言ったもんだ。
「こわれた女を治すのは男の愛しかない!」
それを今の所、私は実践してる。
後の事は分からない。
妻・水無との戦いは始まったばかりだ。
今後、如何なる試練が待ちうけていようと乗り越えてやるさ。
こわれものの祭典を見に行って良かった。
汚れた心が洗われ勇気が沸いてくる。
月乃光司さん、カッコちゃん、アイコちゃん、有難う。
そして、ハヤブサ選手よ、頑張って~!

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2009年6月10日 (水)

手作り餃子と人生の味

昼から我が家で餃子を作ることにした。
白菜とニラを茹でて硬く絞り、
エノキとひき肉を加え、
ネッチョネッチョと練り合わす。
そこにニンニクや調味料を加えて混ぜ、
更にグッチョングッチョンと捏ね繰り回してアンの完成。
皮は市販されている物を使った。
ボールのアンをスプーンで取り、
皮に敷いて包み形を整える・・・。
妻・水無はビックリしてた。
何でも作れるさ。
ガキの頃から自分で食う物は自分で作ってた。
色んな料理屋でバイトもした。
ホテルニューオータニでコック見習いをしてた事もあった。
ヤクザになってからは、
親分の自宅で部屋住みもした。
刑務所の炊場で親方をしてた事もある。
それも、これも、
妻・水無のカワイイ笑顔を見るためであった、
と気付く満50歳の私・・・。
コドモまで作ってしまった。
何にせよ、大変なのは調理の仕方だ。
熱過ぎても、焼き過ぎてもアカン。
水の量も適量が難しい。
水無よ、コドモマンよ。
オメエらの人生は引き受けた。
上手く味付けしてやっからな。
でも、他の人間には食わせたくない!!!
(瞬く間に50個の餃子が私ら夫婦の腹に消えた)
Photo

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2009年6月 9日 (火)

ジロリアンの水無潤&中野ジロー

8003 8 802 Photo 今日、二郎ラーメンの高田馬場店へ行った。
出版社で打ち合わせ終了後、
「ジジー、ジローが食いたい、ペコパなの~」
という水無を連れてである。
私はビビった。
性欲絶倫の水無は常に隙さえあれば中野ジローを食わん、と狙っているからだ。
しかし、水無はジロリアンであった。
栄養補給はジローラーメンが一番なのだと言う。
まだ高田馬場店には行ったことがない。
何かと言えば「コドモマンが食べたがってるの~」
と可愛くネダる水無だ。
「いいよ~」
と答えなけりゃプロレス技でシメられる。
それで食いに行った。
水無は野菜ばかりで麺と肉は私が食う。
いつものジローラーメンとパターンは同じであった。
水無は、
「コップの水がヌル~イ」
と言うけれど私の味だ。
ツユがヌルイのも、
麺の茹で具合も、
味の濃さも、
とっても好きな味だった。
完璧よりも、
ちょっとダラしないほうがいい。
その方が疲れない。
そう満50歳になった今では思う。
だが、私以上に疲れないで生きてくれよ、水無・・・。
私が疲れは引き受けた。
コドモマンもジジのケツから産むからね。
ウチまで水無と腕を組みながら歩き、
ソッと肩を引き寄せオッパイを触り、
ダラしない顔で心に誓うジジであった・・・。

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2009年5月27日 (水)

スペクター阿部勝弘が亡くなった。

Photo_17 昨日、大きな衝撃をくらった。
阿部勝弘・・・。

あんな男は珍しい。
酒癖が悪くて
喧嘩ばっかりしてた。
戸塚警察にゃ20数回もパクられてる。
だが、刑務所には一度も行ってない。

オンナも好きで
携帯ばかり弄くってた(?)。

居酒屋スペクターのマスターとして、
酒癖の悪い方々を相手に楽しんでた。

私は先輩らしいことは一度もしていない。
なのに何かと
「センパ~イ♪」
と、あのガラガラ声で寄ってきてくれた。

携帯には
「ドクロ、ドクロ・・・」
と、イヤらしい写メの後に打ってくる。

あの野郎と会えないなんて・・・。
私達の結婚披露宴に来てくれないなんて・・・。

何とも残念なことだ。

天国で真面目にやって
仮釈放貰って早く戻って来いよ。

そして、また一緒に暴走しようぜ!

スペクター葬 日時・場所
  nakano2626115@yahoo.co.jp
      
皆、来て下さい。

新宿スペクター取材記事
http://jiro-nakano.cocolog-nifty.com/photos/nrb/photo_17.html

まだまだ書いて描いて喋ってやる。

阿部勝弘を忘れないぜ!!!!!

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2009年5月22日 (金)

実兄が銃を、私はペンを・・・。

1 何を隠そう、私には実の兄がいる。

ハタチくらいの頃、
「ヤクザの弟なんかいない!」
と言われ縁を切られた。

実兄は実刑など打たれたことはない。
マジメに著名な漫画家のアシスタントを6年ほどやってた。

2度だけ暴走族の集会に連れてったことがある。
以後、漫画家の夢を捨て単車が好きでバイク屋の店員になった。
今は拳銃が好きで闇に隠れて生きている。

逆に私は、
拳銃を捨て、ペンを取った
そして、表舞台の片隅で生きている。

まず変わった兄だ。
年に一度か二度しか連絡をくれない。
小学生の頃は常に行動を共にしてたのに・・・。

いつも「アンキ~」とくっついて歩いてた。
今では「ジュジュー~」と妻にくっついて歩いてる。


おそらく実兄と思われる人物のブログを発見した。

http://colt45wesson.blog79.fc2.com/blog-category-1.html

アンキ~・・・・。

画像=左・ジロ。右・実兄の身体の一部。
(アンキより小便を高く飛ばすため必死なジロ。当時、某週刊誌に1P掲載の写真)

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2009年5月11日 (月)

プロレスデビュー戦とMr.ポーゴさん

090501_2205561 090501_1900091 090501_2012161 090429_2225031 遅ればせながら・・・。

5月1日、妻・水無はプロレスデビュー戦で勝利した。
ハイキックの連打を飛ばし、顔面騎乗をし、オマ○コ固めなどの技を披露。
だが、途中で苦戦する場面も・・・。
相手の観念絵夢は水無のブラを外し、ボヨヨ~ンと観客に晒したオッパイをモミやがった。
そりゃあ、乱入するに決まってるさ。
最初はSM用のムチ先をパッシン、パッシンと飛ばしたが面白くない。
ムチの握る硬い方でガツンガッツンと顔面を叩いてやった。
おまけに本気で蹴りもくれて水無を助けた。
「何だ、あのマネージャーは? 何故、この新木場に、あんな人が・・・?」
「誰か、あの人に恐喝とかされてませんか?」
とか、実況アナウンサーたちはマイクで喋ってたらしい・・・。
何をか言わんや、である。
私は決して恐喝など、この4年以上の間はしたことない。
見た目だって怪しくない筈・・・。
ちゃんと指にマニキュアも塗ってるし・・・。
ただ一緒に連れてった友人が悪かった(と思われたのでは?)。
民族派団体・統一戦線義勇軍針谷大輔議長。
正道会館・マルコ(イタリア人で元空手道場の館長)
しかし、水無の出場を企画した人は良い人だ(と思われてる)。
アジアンドラック・郭金明 代表。
「任侠灰皿公開処刑デスマッチ」
というタイトルも悪くない。
ただ観念絵夢が死ななかったのは私の責任だ。
次の機会まで彼には生きてて貰うしかない。
その日、水無はウチに帰っても興奮状態が収まらず、
「ポーゴさん、ポーゴさん・・・」
と繰り返し呟いていた。
小さい頃からプロレスキチガイの水無にとってポーゴさんは神様みたいな存在なのだ。
「ある悪役レスラーの懺悔(講談社)」
朝までミスターポーゴさん(関川哲夫)の書いた本を読んでいた。
悪役レスラーであっても凄く優しかったポーゴさん・・・。
私は悪役ではなく「ただの悪」なのかも知れない。
せめて水無には「ヒーロー」と思われたいのだが・・・。

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2009年4月13日 (月)

民族派・統一戦線義勇軍の定例街宣で・・・。

090411_1611012 4月11日、統一戦線義勇軍の定例街宣が新宿駅東口ロータリー広場で行われた。
私もマイクを片手に喋っちまった。
「この日本を誰が守るんだ。殴ったことも、殴られたこともない人間が守れるのか? 何かと言えば暴力だ? ふざけるな! 躾のために、家族を守るために殴らなければならない時もある。殴られないからと何を言ってもいいのか? 言葉の暴力はもっと酷く人を傷つける。殴り方・・・。それを私はガキの頃から先輩に身体で教わった。又、殴る心の痛さも・・・。現在のヤクザは私利私欲のために人を人と思わずに殴る。かつては民衆を守るために殴ったのではないか? だからと言って殴ることを奨励はしない。殴られないように、上手く殴るように教育することは必要だ・・・云々」
だが、私は殴ることより殴られた数の方が何倍も多い。弱い者には向かっていく気はないからだ。それにケンカも強い方ではない。口ケンカは多少の自信がある。けど、妻には口でもパワーでも負けてしまう。「誰か助けてくれ~」と言うのが本音である!!!

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2009年1月31日 (土)

「潤命」と言う名の飲料水

大坂へ行くと何かと忙しい。
それは色々な人に会うためだ。
「ワシのアニキを紹介しますわ!」
「いや、ちょっと妻が一緒だし・・・」
「ええやん、行きましょ、行きましょ!」
とにかく大坂の人は我を譲らない(と思われる)。
そして、紹介されると次々に・・・。
何しろ、私を含めて話の長い人が多い(と思われる)。
やがて何時間も過ぎてしまう。
妻・水無潤を退屈させてないだろうか?
何せ、彼女は私が他の人を相手にしてるとプンプンむかっ(怒り)する。
だが、何処へ行っても話の中心は妻に、視線は妻のエロい身体へと・・・。
「ええ女を騙して・・・」
「このヒモ付き変態エロ作家め・・・」
「こんな男はアカンでえ!」
と口を揃えて言いやがる。
「ほな、これ持って帰り~や」
そう言って渡されたのがミネラルウオーターだ。
見ると『潤命』と言う名であった。
それじゃあ妻に勝てないね、ギブアップするしかない。
強い個性を持ちクセの悪い面もあるが、
皆さんに可愛がって貰えれば嬉しいよ。
ヤキモチなど焼いて堪るもんかいな・・・。
潤は異常なヤキモチ焼きだけどね。
それで周囲にご迷惑をかけてしまうことも多い。
だけど、枕には焼かないでおくれ。
(注・ゴミ箱に一時的だが捨てられた。)
私だって枕を抱いて寝たい時もあるんだからね。
ちなみに『潤命』のペットボトルは大事に飾ってある。
でも、それを私の目の前Photo でグビグビと飲んでる奴がいたら怒り狂うかも知れない!!!

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2009年1月16日 (金)

沖縄ハ〜ネムーン♡

10日から14日まで沖縄へ行っていた。昨年の大晦日に入籍した妻・水無潤を連れてのハネムーンだ。

11日、妻の潤は成人式でデカい乳を見せ、未来ある若者たちを狂わせてしまった。
これは某雑誌の企画であるから仕方ない。

12日、妻の潤は「水無潤、初上陸!」というタイトルで松山の繁華街をエロ色に染めてしまった。
これは私の友人が企画したものだ。

何故か、潤は沖縄で人気があるようだ。恐ろしき妻のオッパイは戦時中に襲来したアメリカ軍のミサイルに匹敵するであろう。又、そのM字を超えた開脚は更に凄まじいものだ。おそらく潤のエロは沖縄を占領下に置き、米軍基地が乗っ取られることは間違いない!

私は原稿書きに追われハネムーンを満喫してない。
殆どホテルで缶詰か、潤の後をお供して回っただけだ。
しかし、88のステーキは美味かった。ナタデココ入りのジュースも・・・。

14日には帰京したが、
いよいよ本格的に我らがバカップルは沖縄進出を企てている。
この地から日本は変化を遂げるであろう。080528_155432

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2008年10月 3日 (金)

無事、イベント終了!

Photo Photo_2 Photo_3 9月27日、私は新宿ロフトプラスワンで「アウトローが地球を救えるか?」というイベントを行った。とりあえずは無事に終了したが反省点は沢山ある。

出演者との打ち合わせ不足のため、本来の進行ラインから大幅にずれた事。宣伝不足のため会場に空席があった事。司会向きではない私が司会をするにあたり勉強不足だった事。「テメエら、絶対に来いよ!」との私の指示を忘れて「あれ、今日だったんッスか?」と甘えを許しちゃった事(オマワリさんと後輩ども)。

つまり私の準備不足が原因だ。

しかし、出演者の方々は楽しんでいたように思われる。それは紅一点の黄金咲ちひろ様が美しかったからだ。普通はお客様が「一緒に写真を・・・」と出演者の方にお声を掛ける例が多いのだと思う。だが、出演者が我も我もと黄金咲ちひろ様と写真を撮るのに躍起になっていた。私もである・・・。

やっぱり黄金咲ちひろ様はゴールドが似合っていた。前に何度かお会いはしたが「ホ」の字になりそうで困った、困った・・・。

もっと嬉しいのがお忙しいのにマイミクの女性が駆けつけてくれた事である。またまた「ホ」の字になりそうだ。なんて惚れやすい男なのだろうか、まったく私は・・・。

そして、1人の女性のことで頭が一杯になってしまうほどボケやすく冷め難い。だからと言って自分から告白できない意気地なしな男である。

当日、乱入する予定だったジュジュはケロッとした顔で打ち上げの店外へ「ウキウキランラン♡」と顔を出した。女性とは不思議たるものだ。まあ、会場に缶ビールの差し入れをしてくれたから有難うね・・・。

それにしても打ち上げで呑みすぎたオジサンたちにも困った、困った。もっと困ったのは2丁目のデイスコへ連れてってくれた方々だ。「踊れ、踊れ!」の連発でオカマちゃんたちに囲まれて踊った。割と楽しかったが・・・。

最近になって踊るのは2回目だ。先日も六本木と2丁目で28年ぶりに踊った。若かりし頃の思い出が蘇ってくる。シンデレラ、ブラックシープ、アップルハウス、トゥモローUSA、ギリシャ館などなど、新宿のデイスコは常連だった(気がする)。が、決して私の踊りは上手くはない。白金台のお店などで踊ったら先輩に笑われるどころか殴られることは間違いない!

それにしても「アウトローが地球を救えるか?」のイベントは第2回目を行う予定でいる。もう少し仕事の基盤を固めなければならないが・・・。

とにかく出演者並びに会場へご参加下さった皆様方たちに御礼申し上げます。有難う御座いました!!!

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2008年8月28日 (木)

政治、心身症、薬物問題・・・!

Photo Photo_2 Photo_3 去る8月23日土曜日、何かの『縁』を感じる一日であった。
まずは某出版社の編集員と大切な仕事の打ち合わせをした。
その後、私は新宿駅東口へと足を向けた。
来月に行うイベントのゲストである針谷議長とお会いするためである。
しかし、それだけではない。
新右翼と呼ばれる統一戦線義勇軍の活動には興味以上の関心がある。
決して彼らは他の団体にありがちな職業的右翼の道を歩んではいない。
何故に正業を持ちながら政治運動へと情熱を注ぐのか・・・。
まあ、それについて語れば長くなるので今回は止めておこう。
午後3時・・・。
「異常な天気が続いてます・・・」
と議長は拡声器を持って自然体で通行人に語りかける。
「ボクらは反米愛国を唱え・・・」
段々と言葉に熱さは増し、周囲から拍手が飛び交う・・・。
やがて、演説に一区切りつけると議長は私に言った。
「何か喋りますか?」
「いやあ、私如きが・・・」
と答えながらも拡声器を受け取り喋っちゃった。
「かつてアウトローがカッコよく生きた時代があったんだ~!」
そう声を張り上げたが、どうも雰囲気を壊してしまったような気もするな・・・。
ただのイベントの宣伝じゃないかよ、まったく・・・!
確かに私は過去を振り返っても現在もカッコよくはない。
ケンカも意志も弱くハンパなアウトローである(でも、ヤクザは辞めたよ)。
だけど、これからはカッコよく生きたい!
この日、もう一人の若者が街宣に加わっていた。
熊本から来た20歳の彼は純粋で素朴だ。
故に生きづらい社会で精神的に壊れないかが心配である。
定例街宣終了・・・。
私は議長たちと何処の喫茶店へ入ろうかフラフラ歩いてた。
すると「中野さん!」って呼ぶ声が聞こえたんだ。
横を見たら『こわれものの祭典』の月乃光司さんが立っていた。
人通りの多い路上でバッタリと出会うなんて・・・。
「オナニーの話しましょうよ~♪」
「新潟へ呼んでよ~♪」
などと一方的に私が話してたような気がしないでもない。
それにしても議長や月乃さんは会うたびに同じ地味な服装である。
私は気分によって服装を変えるけどね。
時に怪しく、時にマトモに・・・。
「じゃあ、またね~♪」
と互いに挨拶を交わし月乃さんと別れ再び議長たちと歩きだした。
今度は小冊子を通行人に配ってる若い男女を発見・・・。
何でも貰わなきゃ損と思い受け取った。
その小冊子には、
『薬物にNO! 生きることにYES!』
と書かれてあった。
少し薬物について語り合い立ち去る。
そして、議長たちと喫茶店に入りイベントの打ち合わせをした。
もっと暴対法や陪審員制度について勉強せねばならぬ・・・。
議長と会うたびに教えられることは多い。
政治、心身症、薬物問題・・・。
今後、これらの問題を更に深く課題として取り組みたい!!!

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2008年7月20日 (日)

水無潤との戦い

元アイドル歌手にてAV女優兼ストリップダンサーの『水無潤』との交際が噂されているようだ。

一流の演出家による演劇の舞台に上がり、様々なイベントで活躍するエロが売りの彼女である。

おそらくエロ業界ではトップクラスだと思う・・・。

少なくとも私が48年間生きた中で彼女ほどキレイな女性を見たことはない・・・。

懲役ばかりの私だがシャバにいるうちは多くの女性とハッスルしたものだ。

しかし、女性は苦手である。

「女心と秋の空」

という言葉以上にコロコロ変わる彼女・・・。

一年以上も前から何かと相談を受けてるが全く答えが出せないまま時は過ぎ、逆に彼女から教えられることが多い。

「破壊兵器アンドロイド・水無潤」

そう呼ばれるのを拒まず、誇りとさえ思っている彼女・・・。

果たして私は彼女に破壊されるのだろうか?

負けるもんか!

エロよりも、

銭よりも、

もっと大切なものが存在していることを教えてやるぜい!!!

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2008年7月14日 (月)

歌舞伎町のロクデナシ

新宿歌舞伎町は悪い奴らが多い街だ。平気な面でヤクザを食うカタギも居れば、ヤクザの激戦区でもある・・・。
数年前までコマ劇場脇の路地に「破門通り」と呼ばれ、ヤクザ組織を破門されたタチの悪い連中ばかりが集まる界隈があった。周辺にはゲーム喫茶が密集し、不良中国人やヤクザ風の男女が店内に並ぶテーブル型ポーカー機の台に向かって博打に夢中になっていた。
悪賢い頭と暴力を武器に、恥も外聞も気にせず銭を作る奴らが多かった。メチャクチャなヤクザやシャブ中ばかりの無法地帯と化していた。
マトモなヤクザは連中を相手にしないで「ロクデナシ・グループ」と陰で呼んでいたが、ある意味では歌舞伎町の裏社会を牛耳っていた面もある。「悪の中の悪」よりも「腐った悪」と言ったほうがお似合いだろう。
俺もそのロクデナシの一人だった。組織内においては問題児扱いされ、いつ破門になってもおかしくないヤクザとして二六年間、渡世を張ってきた。
一九歳の時、俺はヤクザになったが、懲役の繰り返しで合計一七年間は刑務所の中にいた。ハタチを過ぎてシャバに居たのは一〇年にも満たない。早い時には二ヶ月ほどでパクられた。逮捕状が出て二年ほど逃亡生活を送ったこともある。
この歌舞伎町にはシャブ中が沢山いるので、密売を主なシノギにしていた俺は、割と楽に銭を稼げたが、シャブを食って博打をしてたら銭が幾らあっても足りやしなかった。一〇万儲けても、一時間経たないうちに百円玉の一つも無いなんて始末は数え切れやしない。
ネタ元からシャブを買うにも銭が無いから、知人を捕まえて無心もしたが、借りた銭を返えさないのは当たり前のようだった。又、そんなグループ内の奴に貸したら最後、返して貰えた例がない。
銭が原因で毎日の如くトラブルが発生した。歌舞伎町のど真ん中で何度もケンカや口論になったが、すぐに人集りが出来てしまう。
ある日、シャブの銭を払ってない奴を見つけて、風林会館の前で怒鳴りつけた。
「オイ、一万円返せ!」
「何だと、口の利き方に気をつけろ!」
と逆に突っ掛かってきた。確かに奴は俺より年齢も上だ。が、貸したほうが偉いと俺は思ってる。
「能書き足れる前に返せ!」
「生意気言ってやがると殺すぞ、コラ!」
「約束の日から何日過ぎてんだ、この乞食野郎!」
口論になって周りには物珍しげに人が集まってきた。金額的には大したことはないが、面子があるから引く訳には行かなくなった。それに一万が、博打で数十万の金に化けることもある。
しかし、お互いに弱いのはシャブを身体に入れてることだ。警察官が数名で走ってくるのに気がつくと、人垣を割って俺たちは逃げた。
銭が絡めば友人も先輩も何もなかった。銭を作る時だけロクデナシは結束する。あげくの果て銭の配分でケンカにもなった。チャカを突きつけられたり、灰皿で殴られたこともある。また逆の時もあったが、常にナイフは所持していた。誰も信用なんか出来ず自分だけが頼りである。一度ナメられたら歌舞伎町でメシが食えなくなってしまう。
このロクデナシな連中を「何だ、ただのチンピラじゃねえか・・・」と思ったら実はそうでもなく、若い衆を一〇人ほど持って組長を名乗るようなのも少なくない。ヤクザはケンカが強いか、銭があるかで実力が決まる世界であり、組織的背景は影響するが、肩書きだけでは通用しないものだ。かえって破門中のヤクザには掟もなく、失うものが無いから強いのである。
歌舞伎町は「眠らない街」と言われるように、一日中、人が絶える時間がない。博打や女と遊ぶ場所にも不自由しないが、それにはやはり銭が必要だ。思い起こせば二四時間、歌舞伎町を徘徊して銭を作り回っていたこともある。三日間もポーカー機の台と睨み合っていたこともあった。
パチンコ屋でも一旦入ると閉店まで玉を打ち続けた。持ってる銭が尽きれば、あちこちに電話を掛けてシャブを無理やりでも売りつけ、また店員に難癖をつけては銭にしたりした。
土地っ子なのが、俺には大きな助けにもなった。幼馴染の友人が沢山いる。いまだにシャブ中になったのを俺の所為にする奴の話を聞くと、俺の影響で横道に逸れてしまった後輩も多いようだ。
そもそも俺が不良少年から、更なるロクデナシのクラスまで落ちた原因は何だったのか・・・?
俺の生い立ちや家庭環境を語ると複雑なので長くなるが、小学一年生の時に両親が最初の離婚をした。母は二つ上の兄と俺を育てるために、歌舞伎町でホステスとして勤め出し、母子三人でのアパート暮らしが始まった。母の留守中は兄や俺の友人たちの溜り場となり、小学六年生にはシンナー遊びを覚えた。中学生になると歌舞伎町のデイスコや深夜喫茶に毎晩の如く通い、童貞を失ったのもその頃だ。
そして中野区立の中学校を卒業した。両親が復縁して埼玉県に引っ越したので、俺は親元を離れて、新宿で三畳一間のアパートに一人で暮らすようになった。喫茶店やガソリンスタンドなど色々な職業にも就いたが、いずれも長続きせず不良への道をまっしぐらに進み、一〇代での補導歴は二〇回近くあっただろう。
そんな俺が何より好きだったのが単車であり、一七歳で友人たちと共に『中野ブラックエンペラー』を結成してアタマになった。暴走族がはやった時代である。毎週土曜の夜の集会には、都内近隣のブラックエンペラーが単車と四つ輪を合わせて、五〇〇台から多い時は千台に及ぶ数が集結した。
敵対するチームをバットや木刀で襲撃して警察沙汰になることもあった。火炎瓶が飛んだり、死者が出たような事件もある。
集会の無い日は、ほとんど歌舞伎町で遊んでいた。恐喝した銭で生活が成り立っていたが、まだシャブにはあまり手を染めてはいなかった。
昭和五三年一二月、道路交通法が改正となり、暴走族に対する取締り規制が厳しくなった。段々と仲間の人数は減ったが、俺は警察の目をくぐり抜けながら、五四年末頃まで集会に欠かさず参加した。
同年齢の仲間たちは暴走族を卒業してヤクザに成るか、マトモな道を歩むかの選択を選ばざる得なくなった。俺は迷わずヤクザ組織に加入した。その頃にはシャブにどっぷり漬かっていたし、密売もするようになっていたからだ。
以後、二八年間ヤクザの組織にいた。武闘派としても全国に名を轟かす名門の誇り高き一家で、行儀や躾には厳しかった。シャブで刑務所ばかり行ってる俺のようなロクデナシが出世できるほど甘くはない組織だ。謹慎処分を受けては何度も反省坊主になり小指も三回落とした。親分や兄貴分に死ぬほどシメられたことも数え切れやしない。よく組織から破門にされなかったものだ。
短期間だが親分の家に部屋住みに入り、ベンツの運転手をして二四時間、親分の側で修業した時期もあったが、好きなシャブをやめるのはそう簡単なことではない。親分に解放された途端、シャブに手を出してロクデナシの生活に戻ってしまった。
そんな俺が何故シャブや博打をやめられたのかは、かつてのロクデナシぶりを知る人にとっては不思議だろう。否、今でも怪しんで「本当にやめたの?」などと聞いてくることもある。
平成一六年の六月、俺は七回目の懲役を京都刑務所で三年務め、満期釈放になった。歌舞伎町に戻ると石原都知事が進める『新宿浄化作戦』でゲーム喫茶は一掃され、ヤクザが三人以上で歩けば取り締まりの対象となる都条例まで出来て、至るところに警察官の姿が目立つようになっていた。
やたらと職務質問を受けるような繁華街になってしまい、ロクデナシには暮らし難くなった。
そして某組織を率いる親分を中心に新宿のヤクザが一体となり、不良中国人や破門中のロクデナシは追放されてしまっていた。
俺も以前の如きスタイルでは、絶縁処払いの処分になるか、再び刑務所に逆戻りになってしまうので、ロクデナシから脱皮してマトモな道に進むのを選んだ。四六歳になって俺は漸く自覚を持ち、シャブとの縁を断ち切った。
平成一八年三月、「刑務所ぐらし」という著書が世に出て作家の片隅に身を置かせて貰える身になった。だからって、一冊の本を出版したから作家に成れたとは自惚れてはいない。少し道が開けただけである。
平成二〇年二月、組織から完全に離脱することができた。ゆえに何処までこの道で突き進めるかは知れずとも、俺が過去に残したロクデナシの汚名を拭い去るためにも社会に貢献できる生き方をしたい。
「所詮、ロクデナシだった男に何ができるのか?」と思う人もいるだろう。確かに中卒の俺が学問で世間の知識人を追い越せるとは思わない。
しかし、裏社会で培った人脈と知識に加え、体験して得た『生きた学問』がある。  
散々、好き勝手をして生きた俺のような前科者が世間に「悪いことをするな!」などとは言えないかも知れないが、世の中は本音と建前の世界だ。憲法や法律にもすべて裏があると言ってもいい。表面だけ見ていても世間は変わりはしないのだ。裏の現実を見詰めて日本の将来を考えなくては前には進みはしない。ただヤクザを犯罪組織とみなして阻害するだけでは、マフイア化して更に悪質な犯罪に手を染めてしまう輩が増えるだけである。
ヤクザや前科者だって人間だ。不良な箇所を本質的に見詰め直させ、立ち上がらせなくては世の中の渦に埋められてしまう。
ヤクザからも「ロクデナシ」と言われ「更生不可能」とも警察官や刑務官に判断された俺が、その不可能を可能にして更生した。世間がそれを認めるには五年かかると言われるが、すべての人に認めて貰おうなどとは思わない。自分が誠実に生きてれば、結果は後から付いてくる。
そして、こんな俺を見放さずにいてくれた友人たちの気持ちに少しでも報いられればいつ死んでも悔いはない。
友情は大きな心の支えになった。塀の中で妻子と別離した悔しさや母の死は、俺の『意地」を起こさせるきっかけになり、獄中で投稿した全国の刑務所に配布される「人誌」に佳作入選したのも自信に繋がった。
出所後に取材記事や漫画の原作を書き、新たな道をスタートさせた中で邂逅した著名な人たちの存在は、俺の人生観を更に変えるものとなった。本来ならロクデナシなんか相手にして貰えない人たちばかりである。
政治、薬物乱用、ひきこもり、ニート・・・、社会問題とされる様々な分野を勉強しながら、一八〇度変換した生活を送る日々を、俺なりの行動で世間に示していくしかない。
俺の言うことを「そりゃ違うぜ・・・」と思う人もいるだろうが、まずは書いた物を読んでくれ!!!

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