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2013年1月26日 (土)

久留米で産まれてよかった!

・・・と書かれある「福ヤ」の貞方社長が、

昨日、六本木1丁目の「The Gellery ROPPONGI」という店で、

六本木セレブパーティwith
佑多田三斗ミニライブをした。

私は開催以前に予約を入れて、

ちゃんと「福ヤ」でラーメンを食べてから、

参加してきたが、

流石に貞方社長のお若いながらも押しも押されぬ企業家になった人柄や実力の知れるようなイベントだった。

「貞方社長のブログ http://ameblo.jp/sadakata/entry-10527533521.html」

他の社長さんのご挨拶やミニライブも素晴らしく、

ポールダンサーやご来場の美人さんも素敵で、

セレブではない私もセレブって観ていた。

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途中から博多出身の良き友、

原武嶺太郎さんも参加して、

お二人はツーショットしたが、

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そうした事を頼んでも、

優しく対応してくれていた。

本当に強い男は優しくなれる。

お偉い方だ、と思えるのに、

偉ぶったりもしない。

私も見習わなくてはならない。

そう強く感じたイベントだった。

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誕生日祝いの乾杯もしてたが、

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その前日は私も誕生日で、

前に六本木マハラジャでは、

私の誕生日祝いも兼ねて、

高知の人たちが中心になって、

お祝いをしてくれたから、

特に当日は祝い的な事はしなかった。

社民党の福島みずほさんが、

参議院会館
で、

「102年後に大逆事件を問う」というのを行うので、

私は受付で通行証を頂いて、

院内に入ったが、

「宗教者との懇親会」の方に行っていた。

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要するに、

どちらにも、

福島みずほさんと書かれてあるし、

一階と地下一階の講堂を間違えてしまったのだが、

私も宗教は20代から勉強してきたので、

関心も強く、

懇親会してきた。

後に「大逆事件」と思ったら、

既に終わっていたので、

私は参議院会館の食堂で、

天ぷらザル蕎麦を食べて、

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衆議院会館の中も見学してきた。

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この2日間で、

私的には良い勉強になったと思っている。

あとは月曜日に新聞社の方とお話をして、

確定申告や選挙管理委員会に提出する書類などを書き、

月明けには、

某出版社の方と打ち合わせをしてから、

原稿を書く・・・。

政治団体「愛心会」の活動も、

少しずつ段取りをしながら進めている。

では、また後の

「名古屋で、漫画家・森哲郎の息子で産まれてよかったのかな?」という中野ジローを宜しくお願い申し上げます!!!
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コメント

投稿: 中野ジロー | 2013年1月26日 (土) 06時34分

投稿: 中野ジロー | 2013年1月26日 (土) 08時20分

相続裁判、三年目です。自分がガキの頃、15歳でシャバへ出て来て、成人する迄寝食面倒見てくれたのは親友始め他人ばかり。入院し、手術しても「自分が悪いんだから放っておけば良い」と、親族達には言われました。
もう一人の代襲相続人の従兄と意見は同じです。「住む所ないヤツが本家に居座ってる固定資産税とかクソふざけんなよ、だよ」です。
迷惑なだけの親戚とは、ヤツらは相続で話し合い付くヤツらじゃないのを冷ややかな目で見てましたから、分かってました。物心付いた時から、持っていた性分。
良い事も悪い事も全部返す!猶予中、大病して障害が残りました。介護したのも手配したのも全部友達たち。相続人早く全員死んで貰って代襲相続人だけでやりたい、を「そこまで言うか」と言うのは、子供も職もなく、遺産を使い込み、行く宛のない伯父。全部自分のバカ息子に資産取られて遺産一人占めしようとして自分を利用しようとした伯母、ネコババの先頭切って正しいと思ってる叔母。親戚いても何も助からず、逆に迷惑なばかりだったのに、情が移る訳ありません。親がいない子にはどんな暴言吐いても良いとしていた彼らは、何十年と経った今後悔しています。身体はボロボロになったけど、独立してた甲斐が、今あるねと、従兄と語ってます。
昔金融・不動産に携わっていて良かったです。終わったら新宿で祝って、障害者枠で働く友人と詳しい検査の為の入院します。それ迄頑張ります。

投稿: today | 2013年1月29日 (火) 00時06分

そうですか、家族親戚とは問題を抱えてる人は多いのでしょうね。
私の場合、両親が離婚と再婚を繰り返し、親は親、私は私という感じで育ちました。
中学を卒業後、親元を離れ、自立して生活する中で、私は友人、先輩後輩の隔たりなくお世話になったり、世話をしたりという関係でした。
実母は何かと心配はしてくれましたが、
あまり頼りはしなかった。
実母の知人の紹介で喫茶店でも働いたりはしたけれど・・・。
最初は叔父の紹介で大宮のウレタン工場でしたが、叔父も私の実父を頼ってばかり・・・。
不良少年してても、仕事だけは、やる時はやる、という感じでいましたが、私は暴走族の方を優先するようになっていた。
私にはリーダーという責任がありましたから・・・。
暴力団組員になっても、親は頼らなかった。
親分にも殆ど頼らず、自分でシノギをしていた。
実母の場合は最後のダンナが・・・。
実父の場合は最終的には後妻が・・・。
実母の家系は一応、名家で最後のダンナが勝手に中村家を名乗って何も挨拶にさえ来ないと呆れてます。
実母の遺骨もダンナさんが持っていたので、
私は実母の親戚が住む愛知県に二度足を運び、何とか説得し理解してくれ、先祖代々のお墓に埋骨するのを許されました。
実父の親戚の代表的存在のイトコは名古屋の愛人と実父の遺作を、と思っていたけれど、全部、後妻が持っていった。
私的には、ふ~ん、ですが、実父と後妻を繋いだ関係の人たちは私よりも怒ってはいます。呆れてると言ってもいいのかな?
今でも私ら夫婦は嫁の親関係のスネかじりせず、
協力し合って娘を育てています。
これもまた、嫁は嫁、私は私という感じですが・・・。
いちいち嫁の事に口出しはしません。
そして、私らには良き友、良き仲間が支えてくれて六本木マハラジャでも大盛況・・・。
私は若い頃から良き友、良き仲間に恵まれてきました。
幼馴染の関係でも私にとって大事なのは、
私に中野ブラックエンペラーを名乗らせてくれて、後にも両親以上に世話になった赤坂初代・・・。
赤坂初代も浮き沈みを経験し、色々な人に裏切られながらも、今では押しも押されぬ実業家になりました。
そうした姿を私は見習いたく生きています!

お身体に障害を持つと厳しいものはあると思いますが頑張って下さい!


投稿: 中野ジロー | 2013年1月30日 (水) 06時20分

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