« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »

2012年12月

2012年12月30日 (日)

【SUPER,DANCE,CLASSICS/2012】を終えて!

昨日、六本木マハラジャで、

【SUPER,DANCE,CLASSICS/2012】というダンスイベントが無事に終了。

私の良き友、良き仲間たちからは、

元・中野ブラックエンペラーの2個下の後輩と、

元・永福町ブラックエンペラーの2個下と、

九州博多出身の嶺太郎さんと、

愛知県から来てくれた通称「前頭葉さん」と、

横浜桜木町のDJ、アートをする若者2人と、

私の著書「裏社会の真相」を発刊してくれた出版社関係の2人と、

あんまり良くはない友だか、何だか分からない関係の、

自称「俺は金に成りゃ何でも良いの、

ギャングだから~」という”ボッタクリの帝王”作家、影野さん、

100719_2115591

「ん、俺の事か?(↑・影野さん)」

そして、私の愛娘・ノアちゃんと、

何だか直ぐに脱いで踊る変なエロ女・・・。

まあ、影野さんは福島県から上京してきているグッチさんという人と一緒に来て、

グッチさんは如何にも不良っぽい感じはしても、

ノアちゃんを抱っこしてくれたり、

優しく可愛がってくれた。

前頭葉さんは月乃光司さん率いる「こわれものの祭典」の関係で、

以前からノアちゃんを可愛がってくれており、

今回のためにわざわざ愛知県から・・・。

まあ、彼はズーッと踊りまくりで、

マハラジャしていたが、

ノアちゃんのために縫いぐるみの人形までプレゼントしてくれて、

嶺太郎さんは、

お歳暮としてお菓子を・・・。

主催の来人さんは、

ノアちゃんの頭に飾る物やシャンパンなどを・・・。

Img_20121229_2202401


Img_20121229_22043311

(お歳暮)

Img_20121229_2203401

(人形と頭の飾り物)

こうして皆が我が娘、プリンセスノアちゃんを可愛がってくれるという事は、

私には最高に嬉しい事で、

__3_19

桜木町の若者も、

各自、将来の夢や希望を語りながら、

お酒を飲んでいたが、

___291

それ以上にノアちゃんは、

ダンスミュージックが流れる中でも、

私らVIPルームよりも、

ホールの方がお気に入りのようだった・・・。

Img_20121229_1513421

マハラジャは、

流石に来人さんの人柄、人望、信頼度でか、

お客さんも満杯で、

踊るわ、楽しむわ、明るいわ、の、

良い人間関係の輪でした。

Img_20121229_1513491

もう大盛況!

Img_20121229_2024041

美人さんばっかりで、

Img_20121229_2024171

DJさんも格好良くて、

やはりディスコブームは六本木マハラジャからですね!

Img_20121229_1658251

ノアちゃんは何だかエロ女と・・・(汗)

Img_20121229_1658321

このエロ女もシャンパンを何本飲んだのか、

お立ち台で踊っていたが、

ノアちゃんもお立ち台はお気に入り・・・・。

Img_20121229_1659331

私は常にノアちゃんとラブラブ~♪

Img_20121229_1922391

何だか、

はしゃぐ大人たちの中で、

クールに、

おすまし顔してたのは、

先日、16日に

3才の誕生日を迎えたノアちゃん~!

Img_20121229_2019341

(マハラジャガールさん2人と変なエロ女とノアちゃん)


Img_20121229_2026091

酔っ払うエロ女よりも、

コールミー(ブロンディ)という曲とか、

ノアちゃんは踊りの方が気になって、

Img_20121229_2027161

私の2個下、元・中野ブラックエンペラーは、

ただのエロジジイになっていた。

Img_20121227_0428581

この私の著作本も、

美人さんたちが何冊も買ってくれた。

こうした場を私らのために作ってくれた来人さん、

並びにマハラジャの方々に深く御礼申し上げます。

私はお金云々よりも、

良い友、良い仲間たちを大事にしたい。

そりゃあ、「支払います」と言って、

支払わない人には、

何でんねん?

ではあるが、

私は物を書くという事には、

私なりの思いがある。

私と同じように、

若い頃から悪さばっかしてきた人にも、

学歴などない人にも、

やる気になれば、

物書きになれる。

私自身、45才から、

作家に成ろうと、

パソコンを覚えるにも、

なかなか操作の仕方を覚えられなかったり、

せっかく何万字と書いた物が、

パソコン操作の手違いなどで

全部、パーになり、

再び一から打ち直すとか、

そうした事を幾度も繰り返し、

幾度も悔し涙を流したものだった。

出版社さんに対しても、

決して売り込み上手な方ではない。

文章にしても拙い。

それでもコピーライターを使わず、

自身で幾度も幾度も手直しして書くのは、

私にしか書けない物があると信じているからだが、

過信、自惚れはしない。

そして、年明けには、

5冊目となる新刊の発売も予定されている。

こうしたマハラジャでのイベントでも思うのは、

私ら昭和の時代、

ディスコ全盛期の時代は良かったという事で、

今は何かと規制ばっかり強めて、

自由というのが、

何処へ行ったのか?

不況、不況で、

貧困の差も激しくなり、

治安は悪くなる一方ではないのかな?

私らが若い頃と違って、

同じ悪さでも悪さの仕方は変った。

男にとって何よりも大切なのは、

優しさや思いやりではないのかな?

金のために平気で平然と、

良き友、良き仲間を裏切る輩ばっかり・・・。

弱い者イジメ・・・嫌いですな。

こいつなら勝てると思う相手に勝って嬉しいのかな?

人種差別嫌いですな。

何々、誰々、何団体を批判するなら、

個人、団体名称をあげて頂きたいものですな。

もう今年も、

後数日で終わる。

大晦日は、

私ら夫婦の入籍記念日。

交際が始ってから半年ほどで、

入籍して4年になる。

その間には色々な事があった。

今、嫁も娘も幸せみたい。

今後は分からない。

いつ私に何があるか、何が生じるか?

そりゃあ、良い家庭の暮らしを維持するには、

お金は大事だが、

私は良き友、良き仲間を大事にしたい。

娘の笑顔・・・。

何よりも大切な宝物だが、

その宝物を私は守り、

それに協力的な方々の存在。

娘のためにも、

恥ずかしくない男になりたい。

まだまだ学ばなければならない事も多い。

不良が不良を卒業して、

世間に認められるようになるには、

人様の何倍も頑張らなくてはならない。

この六本木マハラジャでも、

多くの方々に激励の言葉を頂いた。

それを忘れず、

来年を如何に生き、

如何なる結果を出すかで、

激励に対する感謝を示したいものである。

年末の慌しい中、

私のためじゃないかも知れないけれど、

ご来場下さいました皆さん、本当に有難う御座いました!!!

(まあ、娘の喜ぶ顔が私には何よりでした)

| | コメント (0)

2012年12月24日 (月)

29日の六本木マハラジャイベント!

★12月29日【SUPER,DANCE,CLASSICS/2012】

中野ジロー出版記念企画ダンスイベント!

Img_20121111_2045271

*********
★1ST TURNTABLE★
*********

‰‰‰‰‰‰‰‰‰

懐かしい名曲!

14:00~14:40

踊れる人も踊れない人もレッスンのつもりでSOULSTEP!Time
(そうなの、踊れないから、とか気にしないでお気軽に・・・)

DJ.MC,浜ちゃん

1974~1980

CHACHA,BASSTOP,CC,ULTRABASSTOP,

ANOTHER STEP ALL

**DJ浜ちゃんのハマチャチャタイムもあるよ(インストラクター石島さん(SOUL,STEP,NIGHT))**

‰‰‰‰‰‰‰‰‰

………………………
SLOW Time 1曲
………………………

$$$$$$$$$

新宿時代錯誤

14:45~15:25

新宿70S~80S HOKOTEN!Time

DJ きゅう(EX/MAGICALCAFE,JAPAN)

1977~1984

OKAMA,EURO,MYUNHEN,TAKENOKO,DDSOUND

**リアル竹の子タイムもあるよ**(ホコ天ナイトメンバー麗羅ひろしさん一同)

$$$$$$$$$

………………………
SLOW Time 1曲
………………………

£££££££££

アゲアゲ↑↑マハラジャ伝説再来!

15:30~16:10

MAHARAJA,KING&QUEEN!Time

DJ TOMMY(EX/前橋KING&QUEEN)

1982~1990

JULIANATEKNO,PALAPALA,MAHARAJA,SOUND

何でもあり扇、ミニスカ、ボディコン、おっ立ち台(マハラジャレディス降臨)
(こりゃスケベエロエロで男もオナゴも後にエロエロかいな・・・)

£££££££££

★★★★★★★★★

中締め!!

16:10~16:40

JPOP,LOCK,PINKLADY

中野ジローメッセージ
(まあ挨拶と御礼とか・・・・)
(中野ジロー連合会バンド、略して「NJR」の曲も流そうと・・・)

★★★★★★★★★

*********
★2ST TURNTABLE★
*********

‰‰‰‰‰‰‰‰‰

当時を思い出して!!浜ちゃんのハマトラタイム

16:40~17:20

SURFER,FUNK!Time

DJ,MC 浜ちゃん

1977~1982

アイムタイガー、セレブレーション、愛のコリーダ、サバイバル、セプテンバー、ファンタイム、ストーン、et

‰‰‰‰‰‰‰‰‰

……………………
17:20~17:25
ショーケース/funkyTAKA 1曲
………………………

$$$$$$$$$

新宿新宿新宿新宿新宿

17:25~18:05

新宿70S~80S All

DJ きゅう(EX/MAGICALCAFE,JAPAN)

1977~1984

OKAMA,EURO,MYUNHEN,TAKENOKO,DDSOUND

$$$$$$$$$

………………………
SLOW Time 1曲

………………………

£££££££££

皆で汗かこうノンストップぶっ飛ばし♪♪

18:10~18:50 MAHARAJA,KING&QUEEN!Time

DJ TOMMY(EX/前橋KING&QUEEN)

1982~1990

JULIANATEKNO,PALAPALA,MAHARAJA,SOUND

£££££££££

~THE END~、この後は 居残りして、MAHARAJA 生誕30年祭 Around 40 DISCO NIGHTへ!!!

このダンスイベントは主催の方が、

私の記念や娘の誕生日(16日だったけど)、大晦日が入籍記念の事などもあり、

私ら家族を激励するためにも相当に力を入れてくれました。

美人オナゴ軍団から元竹の子族、KING&QUEEN・・・と色々な方が集まってくれます。

某映画監督から某芸能プロダクションのオナゴたちまで・・・。

関東や関西の良き仲間たち、某出版社の方たち・・・。

皆、年末で仕事や他のイベントなどで忙しく立て込んでる中をわざわざ・・・。

そうした方々で私は本当に人には恵まれていると思っています。

当日は娘や嫁も・・・。

ウチの娘などは既にコールミー(ブロンデイ)を流すと、

「チャマミー♪」するし、

TRFの「EZ DO DANCE」でも踊っちゃうし・・・。

嫁などは流石にプロのダンサーでもあったし・・・。

まあ、私は私なりに中学生の頃からデイスコに通い詰めだった頃を思い出し、

又、後にも色々とクラブ回りして踊ったように・・・と、

来月で53才にはなるけれど、

張り切って・・・。

とは言っても、

前に阿佐ヶ谷ロフトではチンチンダンスを披露したら、

店長が首になって本社の方に移されちゃったので、

それはしないで、

ハリセンでも持って、と考えている次第です。

金属バットとかハンマーは持ちません、

私ら関東連合を名乗らなくなった中野ブラックエンペラー出身で、

「今は真面目にやってるぞ」の、

しかも、一応、私は初代リーダーですから・・・。

又、そうした危険人物は、

六本木マハラジャには入店出来ません。

本当に今でも私は思う。

私らが若い頃の時代は良かったな・・・と。

今では色々と法規制は強まる一方だし、

何でも金に成れば、という時代になってしまった。

平気で幼馴染の仲間を裏切る奴ら・・・。

そりゃあ、私も不良してた頃には裏切った事もある。

しかし、この人と思った人だけは如何なる事があっても裏切らなかった。

それは私には都内中野区に

暴走族ブラックエンペラーの設立を許してくれた赤坂初代・・・が一番大事な存在。

私は中学校を卒業してから、

親元を離れて暮らしていたので、

地元や暴走族時代の仲間たちが、

家族的な存在だった。

刑務所の中でも、

派閥争いや人種差別なども多かったが、

そういうのが私は嫌いで、

決して喧嘩が強かった訳ではなかったけど、

作業班長や応援団長とかの任に付き、

まとめ役をしていた。

暴走族のリーダーしてたのも同様で、

良い仲間たちの支えがあったからだと思っている。

暴力団を辞めて作家に成れたのも・・・。

又、今、私が嫁を貰って娘を育てているのも・・・。

世の中は金がすべてではない。

愛がすべて・・・(う~ん、これも名曲ですな)。

六本木では黒人と白人が揉めてる時もあるけど、

彼らも話せば分かるもので、

私も幾度か仲裁に入った事がある。

金で偉くなったり、

金の力で人気を得ても、

それは如何なものか?

「金の切れ目が縁の切れ目」という言葉もある。

私は今後も良き人を大事にしたい。

確かに私は売り込みという事が苦手で、

亡き実母からも、

「要領が悪い」と小さい頃から言われていたが、

男は多少不器用なくらいが丁度良いのでは?

他の事なら割と器用に大概の事はこなすが、

それは生まれつき負けず嫌いな性分だったからかな?

お偉いさんに上手を言うのも嫌いだし・・って、お偉いさんとは誰かいな?

私は普通にカタギとして真面目に暮らしてる人が、

一番偉いと思っている。

如何にも「こいつなら勝てるな!」という相手に勝った所で自慢にもならない。

私は誰に勝とうとは思わず、

自分自身の弱い部分に打ち勝ちたい。

弱い者苛めや偏見というのも嫌いである。

ゆえに相手が何様でも、

嫌いと思ったら付き合わない。

なかなか人を嫌いにはならないけれどね。

それまでは二歩も三歩も譲って、

最終的にアホ臭くなったら嫌いになる。

そして、嫌いになったら二度と近づいて来ても欲しくない。

本日は私ら家族だけで、

クリスマスパーテイを自宅でするが、

娘も3才になり、

スクスクと元気に育っている。

これがまた、我がままで甘えん坊だが、

思いやりや優しさも強くて既に英語の発音も上手で、

超可愛い!

しかし、年齢的にも、

職業柄でも、

過去の恨みつらみなどで、

いつ何が私の身に生じるかは分からない。

それでも悔い無き人生を送れれば・・・。

不良してた時に目一杯遊んだし、

そう貪欲に生きたくはない。

それでは暴力団組員を辞めた意味がないからだ。

普通に家族で幸せに暮らす事、

その普通という程度は、

それぞれ各自で違うかも知れないが、

娘には如何なる逆境も乗り越えられる強いオナゴに育って欲しい。

精神的なものは、

何を、誰を目標に、誰を大事にするか、如何なる理想を追求するか、

それで強く成れると私は信じている。

私らの時代と違って、

今後も何かと規制は強まり、

後の若者、

私の娘も含めて、

楽しむ場も、

働く場も、

生活する場も、

更に厳しさは増す一方であろう。

まして私のように、

過去、散々と悪事に手を染めてきた父親の娘である。

未だ今は良いかも・・・。

だが、後には色々な事を知り経験し、

反抗期や思春期を迎える。

私ら家族には、

嫁のご両親は、

富山県にいるけれど、

嫁は関東に友人が少ない。

だが、友人や仲間というのは多ければ良いという訳ではない。

人というのは中身の人間性の問題である。

私ら家族の事を良くも悪く言うのも人様の勝手だが、

勝手は勝手でも許される事と許されない事とあるのではないのかな?

私も好き勝手に生きてはいる。

その勝手でも私は私を支えてくれる人たち、

私を応援してくれる人たち、

それは金では買えない金よりも貴重な財産だと思って、

こうして私らのために六本木マハラジャでのイベント開催に協力してくれる人たちに、

心より感謝したい。

まあ、先日まで我が家族もノロウイルスに感染してしまい、

今は何とか回復の方向に向かってるが、

まだ再感染というのもあるらしいから気を付けるし、

このブログを見る方々も、

お身体だけは大切にして下さいね!!!

Take_file_201210191333527751

Img_20121227_0428581

Img_20121224_1754481

| | コメント (0)

2012年12月17日 (月)

12月16日、娘が3才に成りました!

前日には嫁と二人で娘の誕生日プレゼントを買いに行き、

麻布十番季節料理「亀の井」でシャブシャブを家族で食べた。

Img_20121215_1920441

そして、当日には、

麻布十番の「鉄板酒場もっこす」でモツ鍋やエビマヨなどを・・・。

Img_20121216_1820431

たまに家族で美味しい物を食べに行くというのも、

私らにとって家族団欒を楽しみ、

良い家庭に・・・という思いであるからだ。

特に嫁、オナゴは美味しい物を食べてる時が、

何だか幸せそうな感じで、

そうした嫁と娘が喜んでいるのを見てると、

私的にも嬉しいものである。

嫁も妊娠時には、

「産みたくない」と言っていた。

そう嫁は子供が余り好きではなかったからだが・・・。

出産時の痛みというものにも怯えていたかも知れない。

嫁の両親や周囲の人たちも、

私ら夫婦は過去が過去だけに(あえて言わないけれど)、

障害を持った子供が生まれる可能性もあり、

又、

私らでは上手く育てられない事も心配して、

出産には反対をしたが、

ほぼ私は強引的に出産させた。

子供という存在は、

夫婦間にも大きく影響を及ぼすもので、

実際、嫁は娘が生まれて、

ガラリと変った。

出産以前は、

何やら暗い面影もあったが、

今ではスッカリと消えて、

如何にも幸せ的な顔で、

「アタシ、ノアが居なければ・・・」という風になり、

娘には既に英語やクラシックバレーを習わせ、

教育ママをしている。

年明けには、

幼稚園やバレー学校にも通わせなくてはならない。

そのためにも夫婦共々互いに協力し合って、

娘の子育てをしてるが、

この三年間にも色々な事があった。

東北大震災も起きたし、

新たな住居探しや仕事的な事でも・・・。

娘が急に発熱したり・・・。

嫁の両親も、

今では「ノーチ、ノーチ~!」と孫狂いになっているが、

私らは両親を頼らず、

何とか生活を維持してきた。

かつては夫婦喧嘩もしたが、

それも無くなった。

私らで娘には出来るだけの事をして上げたい。

そうした私らの事を考えて、

29日には六本木マハラジャでのダンスイベントを開催してくれるような方たちも現れて、

本当に感謝している。

良い友人、仲間たちを大事にすれば、

それが後に良い仕事に結びつくと信じ、

私ながらに頑張るのみ!

Img_20121216_1938081

今の所、娘も健やかにスクスクと育ち、

つい私らは甘やかしてしまうが・・・。

「エスカレーターでおかいものおでかけショッピングセンター」という玩具を組立てたら、

娘は楽しんでいた。

プリンセスのキャリーバッグは、

娘のお気に入りで、

何処へ行くにも、

持ち運びしたいようで・・・。

バースディケーキにはロウソクを三本立てて、

家族でお祝いし、

娘がロウソクの火をフーと消してから、

モグモグと食べた。

Img_20121216_2042191

嫁は私より19才も年下で、

まるで私には娘が二人居るようなみたいだが、

世間は敵多かりしなので、

当然の事ながら守らなくては成らない。

嫁も恐ろしき、

とは言っても、

やはりオナゴだし、

いつ私らに何が起きるかも分からないが、

まだまだ幾つもの「壁」というのを乗り越えて、

更なる前進を・・・と心掛けたい。

本日も、

某出版社の方と打ち合わせ。

もうすぐクリスマス・・・。

六本木マハラジャイベントの後には、

大晦日という入籍記念日。

正月休みは家族で、

ノンビリと・・・ではあるが、

やらなきゃ成らん事は多い。

まあ、色々な方々が、

娘のお誕生日で、

「おめでとう~」と言って頂きまして、

本当に有難う御座いま~す!!!

| | コメント (3)

2012年12月10日 (月)

中野ブラックエンペラー

・・・というのに何故、私がこだわりを強く持っているか?

私の一個上の先輩3名(中野区立仲町小学校=中野区立弟9中学校)が、

下北沢ブラックエンペラーのリーダー的存在だった「松蔭神社のカワイくん」と

同じ佼成学園の高校に通っていた関係から(1名だけ国士舘高校)、

「中野区にブラックエンペラーを作ろう!」という事になり、

先輩たちは都内の幹部会で、

当時、関東連合とブラックエンペラーの会長を務めるアベさん(神奈川県鶴見区出身)と、

赤坂初代のブワさん(和歌山県出身で大阪ミナミの高校に進学し後に上京)から、

設立の許可を頂き、

「さて、誰を支部長に?」という事になり、

先輩たちは板橋区から豊島区にかけて、

車の運転も上手く、喧嘩も強くて男前でビッとしたヤナギくん(在日朝鮮人)を・・・、

という話に成ったが、

私は「中野が地元じゃない人では・・・」と反対して、

「じゃあ、ジローに任せる・・・」という事に成った。

同級生のシマダとかを私は推薦もしたが、

まあ、皆さん大学進学とか免許取り消しとか嫌なのか、

結局、私が支部長となり、

「ほんじゃあ、中野区をエンペラー一色にするじょ!」と言ったのが、

中野駅北口側の連中(中野区立中央中学校出身者)は耳にして、

彼らに中野サンプラザで囲まれ、

「何じゃら、あ~じゃら~」と成ったら、

永福町のヒロマサ(明大中野高校)が、

杉並区の立正佼成会前で集結してたエンペラーを200台以上も引き連れ、

中野サンプラザに現れると、

北口の皆さんは逃げちゃった。

彼らは北口側でマッドスペシャルを作ろうとしていたのである。

それで私と同じ年齢で、

阿佐ヶ谷のマッドスペシャルでリーダーしてたサクマが、

後に中野に来て、

話し合ったら仲良くなり、

以後、私は集会のたびに、

中野南側の連中を主に参加を呼びかけ、

「ジローなら協力するよ」と言ってくれた。

それから中野ブラックエンペラーは、

段々と台数も増えて、

単車は30台ほど、

車は数台ほど、

冬場も夏場も関係なく集会に参加するようになった。

他の支部はね、冬場だと雪とか降ってるし寒いから台数が減っちゃうの。

中野の連中というのは、

ま~たく気にせず、

私以外は喧嘩の強いのが無駄に多くて、

パクられる事も、

ま~たく気にせずスタイルではあったが、

いつもパクられたり、

他のチームに攫われたり、

そうした役割は私・・・。

それでも、

何とか東京少年鑑別所だけで上手い事に済ませられたのは、

家庭裁判所で審判のたびに、

私の母親が嘘泣きしたのと、

家庭環境が複雑とか、

そんな理由だったからかな?

私は中学を卒業後、

親元を離れて暮らしていたが、

パクられた時だけは、

やはり母親が警察署に呼ばれた。

そのたびに母親は私に、

「アンタは要領が悪い。悪さしてもパクられるな!」と変な教育方針であった・・・。

私は要領が悪いのかな?

悪さしたらパクられるの当たり前だし・・・。

それで暴力団組員に成ったら、

パクられてばっかりいた。

「懲役はヤクザの修行の場」とも思っていたから、

初犯の甲府刑務所でも、

エバりくさった年配者に逆らってはいたが、、

そんな私を可愛がってくれた人たちも多かった。

父親は著名な漫画家でもあったので、

世間的な建前とかも気にしていたが、

基本的には遊び人・・・。

裏では「ジロー、頑張れ、面白ければ良し!」みたいに変な応援をしてくれていた。

しかし、両親から金銭的な援助とか私は頼らなかった。

暴力団組員に成っても、

殆ど親分とか頼らなかった。

私がパクられて面会や差し入れに来てくれたのは、

暴走族時代からの仲間や刑務所で親しくなった人たちばっかりで、

その中でも、

赤坂初代のブワさんは、

法廷で情状証人として立ってくれたり、

身柄引受人にもなってくれた。

私はブラックエンペラーのOB諸君に言いたい。

ブワさんに世話に成ったのは私だけではないでしょ?

そのブワさんを裏切った野郎らは、

何とも思わないのか?

そうなんだよね、段々と人は年を重ねるたびに、

金儲けが第一に成って、

自分さえ良ければ・・・になる。

そうじゃない。

何故、今の自分が存在するのかが大切ではないのかな?

私はブワさんという人が居なければ、

カタギに成ってマトモな方向性で生きようとは思わなかったかも知れない。

ブワさんも浮き沈みを経験し、

今では事業家として成功している。

それは私らに生きる姿勢を見せてくれたからだ。

何が嘘っぱちのエンペラー歴代総長?

よ~く堂々と名乗れるものですな!

まあ、アホ臭いから勝手に名乗ってれば良いけれど・・・。

何処へ行っても、

「誰々は本当に総長だったの?」と訊かれるが、

総長という言葉はマスコミが作り上げたものだから別に良しとして、

自分で「僕、総長です」と・・・恥ずかしくないの?

少なくとも中野ブラックエンペラーは、

末端まで数えれば、

後々、私の7個下の代まで続いたから、

全部で1000名ほどは居るのかな?

それぞれ各業界で活躍し成功している。

ん、私だけが成功してない?

成功もクソも私は私の道を行くまでで~す!

物書きにオナゴは要らんと思っていた私だが、

面倒なオナゴに捕まって、

やや強制的に入籍し、

今じゃあ可愛い娘と麻布十番で幸せしてるけれど、何か?

所沢の部屋は、

政治団体「愛心会」の本部である。

如何にしてリーダーと成り得るか?

それは如何なる人たちに支えられ、

如何なる人を支え守るか?

・・・・という所で、

六本木マハラジャイベントも、

開催日は近づいたが、

これも良き人たちに恵まれたからである。

そして、各方面から私の良い知人たちも、

年末で忙しい中、

わざわざ集まって来てくれる。

既に娘はドレスを着ちゃって、

私がダンスミュージックを流すと、

パッセ、とか、プリエ、だとか、

クラシックバレーの基本動作をして、

「プリンセス~!」と可愛い声で言いながら、

クルクルと部屋中をダンス的に回ってるし、

嫁などは、

何だかエロい事ばっかり考えながら、

流石に3才からクラシックバレーを習い、

アメリカでも一番のバレー学校へ通っていただけあり、

TRF並みのダンスを披露・・・・。

私?

チンチンダンスは致しません!

何しろ、既に沢山のオナゴから予約が入ってるし、

しかもマハラジャは美人ちゃんが多いから、

ややお困りです。

元々がだね、

中野ブラックエンペラーというのは、

オナゴには弱い野郎どもばっかりで・・・。

ブラックエンペラー=黒い皇帝。

黒い闇の中に立つ私、中野ジローは、

臭い皇帝?

そうです。

最近、娘は、

「パパ、くちゃい!」と言うようになってしまった。

何でやねん?

兎に角、幼い頃からの友人を大事にせん者はアカン!

金がすべてではない。

愛がすべて~♪

黒い炎、

黒い戦争~♪

29日はマハラジャで、

踊って、笑って、楽しんで、

それでもって、

紅白歌合戦で、

プリンセスプリンセスを観て、

とは思うが、

私はお雑煮を作らなければならない。

子供を作る行為?

それは・・・さて?

いずれにせよ、男は決断と行動力である。

「エンペラー魂」とは、

自力で這い上がれ、で、

そうした生き方の中から、

良き支えたる人たちが存在し、

後の未来を作り上げていくもので御座います。

たとえ私の命が途絶えても、

中野ジローという人間は、

永遠とは言わないが、

歴史に刻まれていく。

それは「死ぬまで卍」と誓い合ったエンペラーたちの中で、

最後の最後まで、

赤坂初代ブワさんの思いを忘れんで生きているから!!!

Imag05961



| | コメント (2)

2012年12月 5日 (水)

『元・組員に聞いた!「組織でボスになる男」の条件5つ」 Menjoy(小学館)』

元・組員に聞いた!「組織でボスになる男」の条件5つ。

Menjoy  小学館   http://www.men-joy.jp/archives/70236

・・・というのに取材協力致しました。

如何なる業界でも人様の上に立つ「ボス」という存在に成るには色々なパターンがある。

これは私ながらの論理だが、

もう今の極道業界では、

「金」?

しかし、ボスというのが、

偉いのか?

その下で支える人たちが、

偉いのか?

まあ、とりあえずお読み下されば、と思います!!!

| | コメント (1)

2012年12月 2日 (日)

「月刊実話時代1月号」の連載!

現在発売中の「月刊実話時代1月号」、私の連載「懲役ジローの全国セイハ」には、

何故、私が作家を志す事になったのかが書かれてある。

Img_20121201_1151121

7回目の服役となる京都刑務所で、

私は出所後の事を考えた。

もうヤクザの世界も、

「アレするな、コレするな・・・!」が多くなり、

「じゃあ、何して稼げば良いの? ヤクザと言っても不良よ、何したって良いじゃん、

出所後は45才にも成ってるし、19才の時、組織に加入した際にも、

お前は地元っ子、暴走族時代からの仲間もいる、金も稼げる、

当番も免除で好きにしても良いから、

組員を集めたり、金も俺の方に・・・」と言われていた。

実際、暴走族時代の後輩や服役中に知り合った奴を何人も、

組に入れたり、本来は御法度な密売で組にも儲けさせていたし、

私が服役中にも、

身内にお客さんを回して、

又、御法度とは言えど、

組の事で服役もしたし・・・。

前の親分の自宅で部屋住みと、

ベンツの運転手を、

親分が「良し」と言うまで務めたし・・・、

そんな私でも前の親分は、

若頭に就けてくれたし・・・、

それが前の親分は脳出血で死去して組は解散し、

6回目の徳島刑務所を出所したら、

同じ一家内の別の組に移籍に成っていたが、

私は前の親分が落ち目になり、

次々と組員が居なくなっても、

他の売り出し中の親分さんに、

「ウチの組に・・・」と誘われてもお断りして、

最後まで組に残っていた。

それは私なりに一家というのが好きでもあり、

親分も、

私に対して温情をかけてくれたから好きで、

又、私の地元でもある都内中野区の不良としても、

総長という方は英雄的な存在でもあって大好きで(現・総長も!)、

しかも、総長は、

「アレするな、コレするな」とは余り言わなかったし・・・。

しかし、総長自身も他界して代目も変り、

暴対法も強化・・・。

ヤクザも古いだけでなく、

昨日まで八百屋さんだったのが、

真面目で小銭を貯めて、

組に加入すれば、

組長とか幹部に成れる時代に成った・・・。

つまらんのぉ~!

京都刑務所に服役中、

私の実母は心筋梗塞で亡くなった。

工場は「鬼の廣田」という超口煩くて、

元々が剣道の達人でもあり、

体育会系で、

懲役を苛め的に鍛えに鍛える・・・鬼!

その鬼の下で私は、

一番重要的でもある作業班で班長を務めていた。

出所後の事を色々と私なりに悩んでもいたが、

それを拭い去るかの如く、

私は全国の刑務所に配布される「人誌」という機関誌の文芸コンクールに、

実母の事を思い出して、

「瞼の母」という作品を書いて投稿したら、

佳作入選・・・。

私は服役中に故・見沢知廉氏の本、

新右翼一水会鈴木邦男会長(現・顧問)の本、

故・野村秋介氏の本、

安部譲二氏の本とかを読んでいたが、

特に私と同年で、

元暴走族で政治活動家に成った故・見沢知廉氏は、

私には強烈な影響を与えたものであった。

どうせ、ヤケクソ気味にヤクザしてたなら、

ヤケクソで物を書き本の一冊でも・・・と思って、

佳作入選もした事だし、

私は雑記帳に物を書き始めたが、

他の同囚たちは、

「作家とか本を出すなんて無理だよ」と・・・。

私は人様に「無理」だと言われると、

やたらと「ムキ」に成るタイプで、

中野区に暴走族を作ってリーダーに成るのも、

ヤクザに成って若頭に成るのも、

「無理」だと言われたが、

可能にした。

後に「平の組員から出直せ」なら、

新たな方向性で出直したかった。

ヤクザも28年間してれば充分。

シャバでは短い年数だが、

思いっきり遊ぶに遊んだ。

出所後に幹部には成ったが、

これがまた、

なかなかと離脱は許して貰えないもので、

自ら「離脱させて下さい」と頼めるものでもなかった。

それでも御法度ごとをしなければ、

物書きするのをある程度はご理解してくれて、

ヤクザの森治郎は、

警察さんにも離脱した事にして、

前の親分の名前を一文字貰って、

川村伸二とゴマかしてたが、

警察さんには見え見えで・・・。

しかし、私は必死で物書きして、

遊びも止めて、

少しずつ原稿料を貯えて

何とか200万ほどに成り、

関西に行ったら盗まれ、

ヤケクソに火が点いてしまって、

盗人を追い掛け回すのに、

カードのローンから全額を使い果たして、

そしたら、

「余りにも勝手な行動を取り過ぎる」という理由で、

口頭にて破門を言い渡され、

「やれやれ、漸く離脱~」と思って、

物を書くのに夢中に成れる環境も出来たら、

変な女(嫁)に捕まって、

警察さんから、

「離脱の証明がないから親分宛に離脱証明書を出して・・・」と言われ、

それを書いたら、

警察さん側から郵送して組織の方から正式に離脱を許可して頂いたが、

「そんな事は直接、俺に・・・」と組長には言われたけれど、

言える訳ないし・・・、というか、

口頭破門の際にも、

「組長とは連絡を取るな!」と執行部の人に言われてたし・・。

で、「妊娠は無理」という嫁を私は生中出し一発命中にて、

超可愛い娘も生まれて、

政治団体「愛心会」というのを結成したは良いけど、

子育てと物書きの両立で、

実は余り忙しくないが、

忙しいフリして、

娘と遊んだり、

ディスコやクラブへ、

仕事とか活動と称して行く・・・。

しかし、娘という存在は、

私には大きな責任というものを与えてくれる。

何事も家族というものを大事にしなければ!

誰も世の中は守ってくれるものではない。

嫁と娘を守り、

自分のポリシーというのを守る。

だが、私の場合は、

頭をポリポリと掻いて、

「「シー」と黙ってなさい!」と嫁には叱られ、

よく口にガムテープを貼られてしまう。

良いじゃないの、

好きな事を喋っても・・・。

そんな私を嫌う人は嫌えば良いし(近寄るな!)、

敢えて好かれたくも御座いません。

まあ、それでも着々と「愛心会」の活動的な事も進めているし、

あとは12月29日の六本木マハラジャでのイベント!

それも良い人との縁に恵まれたからで、

更に良き人と良き時代を作り上げ、

故・見沢知廉氏を超えようとか、超えたいとかは考えず、

死ぬまで中野ジローするのみである!!!

(まあ、いずれにせよ、「月刊実話時代」をご愛読下さいね~♪)







Img_20121201_1151391

| | コメント (0)

« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »