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2012年10月

2012年10月26日 (金)

12月29日【SUPER,DANCE,CLASSICS/2012】中野ジロー出版記念企画ダンスイベント!


SUPER,DANCE,CLASSICS/2012

「ダンスで明るい社会へ、ダンスブームはマハラジャから再び!」


アウトロー作家・中野ジロー出版記念企画「面白くしよう六本木」をテーマに!

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(「ZARA」六本木ヒルズ店で買ったスーツ)

★ ピンクレディ2曲コンテスト(ん、エロ?)

★ 女装氏コンテスト(おやおや?) 

★ 美魔女コンテスト(見過ごせない、絶対に!)

★ イケてないmen'sコンテスト(もしかして私?)

★ ナイスカポーコンテスト

(世の中、色々なカップルが居ますから!)

「コンテストでは素敵な賞品をゲットしてね!」

(ん、『素敵』なとは・・・誰しも喜ぶ品?)

● 開催日 1229日「土曜日」

● 時間 14:0019:00

● 料金 M 3500 L 3000 2D FOR Fliyer 500OFF   

参加表明された方、私の仲間たちも、500 OFF !


【主催 来「Light」人】

【 MAHARAJA 六本木 】    http://maharaja-r.jp/

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     【 ADDRESS 】

106-0032 東京都港区六本木3-12-6 六本木プラザビル5F

                                              TEL03-6804-1798   FAX03-6804-1799

   大江戸線・東京メトロ日比谷線「六本木」駅5番出口より徒歩1

 六本木プラザビル5F(1Fに「T.G.I.Fridays」の入っているビル)

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● 物販コーナー 

「裏社会 噂の真相(彩図社)」の文庫本。

新刊「中野ジロー懺悔録(仮)」(当日までには某出版社から発刊予定)。

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未だ「Fliyer」は作成中ですが(後に公開)、

当日には70年代ディスコ全盛期のソウルミュージックから、

ロックンロール、J POPなど懐かしき音源と共に、

80年代から90年代、

日本全国にマハラジャブームを巻き起こした時代の名曲で進行致します!

JPOP「シンプルラブ、勝手にシンドバット、ピンクレディ2曲、

クッキーフェイス、チャチャチャ、メリージェーン、いとしのエリー」

桑名正博氏追悼にて「母さん僕の帽子~セクシャルバイオレット」まで!

他・・・ets

70年、80年代の六本木、新宿の完全再現企画!

DJ きゅう「EX新宿再現」

DJ tommy 「EX前橋KING&QUEEN」

special ゲスト DJは当日のお楽しみに!

『場内では素敵な音量で流して「お立ち台」には六本木の美女が舞い踊り、

皆で不況の「ふ」の字も忘れ、

楽しく盛り上がり、

愉快な年末をダンスや各コンテストで明るい未来に向け、

「おっ、アイツが来てるじゃん! あの曲じゃん! 

ありゃまあ、美人ちゃんに男前ちゃん、微妙な男、女じゃん!」という感じで、

ノリノリに成って、語って、酒を飲んで、イケてる、イケてないも気にせず、

踊りまくりで過ごしましょうね!!!

まずマハラジャという店は安心して年齢も気にせず(ん、未成年は無理か・・・)

優良なディスコクラブで知られ、二年前に再び六本木で復活し、

以後も様々なイベントは行われてきたが、

今回のは異例的とも言える私の出版記念として、

知人の六本木界隈では、

魅力に満ち溢れた男の中の男『来「Light」人』さんが、

主催してくれたイベントです。

赤坂のブワさん、私の地元、中野区、世田谷区方面、三多摩方面からも、

懐かしい幼馴染の先輩、後輩、友人と、

年末で立て込んでいる中をご来場の予定(この予定ばっかりというの・・・何やねん!)。

謎のダンサー「鷹咲レイラ」も・・・(ん?)。

12月は入籍記念日でもあり、

娘の誕生記念(12月16日で3才)でもありますが、

お祝い金とかは考えず、

お気楽、お気軽に、

決してお店側にご迷惑が及ぶ事の無き様、

私のおバカも期待して(ん、私が迷惑?)、

素敵なムードで、

盛り上げ部隊と共に、

最高な良き思い出作りを致しましょう!!!』


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2012年10月21日 (日)

中野区立第九中学校同期生のライブ「Wonderful Tonight Ⅲ」

昨日、私の母校、同期生たちのライブに行ってきた。

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しかし、その前に嫁と娘を連れて、

六本木ヒルズまでお買い物。

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この「ZARA」という店で、

ややブルーっぽいブラックのスーツ、

ブラックのTシャツ、

黒いハットを買った。

スーツは、

仕立て直しで数日後に取りに行くが、

黒いハットは直ぐに被った。

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そして、六本木ヒルズ内の中華料理「梅蘭」で、

私は「海鮮ソバ」、

嫁は「サンラータン」を注文し、

Face book に書き込みとかしてたら、

注文の料理を店員さんは運んできたが、

書き込みを終えて見ると海鮮ソバの海老は消えていた。

そう既に娘に食べられてしまっていた。

海老が目当てで注文したのだが、

私は親バカパパなので何でも娘の事なら許してしまう。

娘は私似で麺類と海老が好きだし・・・。

それから麻布十番の家に戻って、

私は中野区まで同期生のライブに・・・。

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司会は私が通っていた仲町小学校の優等生。

最初は、

女性ボーカルで、

「愛のビーナス」を歌っていた。

しかも英語で・・・。

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他にも何曲か歌い、

後に男性ボーカルで、

ほぼビートルズ・・・。


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右端が学級委員長で、

真ん中は私らと共に・・・という関係の中でも、

高校卒ながら、

実業家として成功している友人。

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彼も相当な努力を積み重ねて今がある。

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彼らもアメリカやイギリスの音楽に学生時代から魅せられ、

中学生時分からギターを弾いていた。

皆、中学生の頃から英語も達者で学力も優秀だった。

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運動も得意で、

当時は「中学校潰し」とか合っても、

私らの中学は他所の中学には潰されなかった。

まあ、私は明大中野の生徒とばっかり遊んでいたが・・・。

中学でもロクに勉強などした事はなかった。

中野区内に暴走族ブラックエンペラーを結成し、

地元を悪い子だらけにしてしまった。

それでも今は、

こうして同期生の中に入れてくれる。

私の同期生は、

殆どが六大学を出て、

一流企業に勤めているが、

その中でも私だけ作家やコメンティターとして、

テレビでも取り上げられるようになった。

一番若い嫁さんを貰ったのも私・・・。

友人や私自身の事を自慢して何が悪いの?

人は人との良い交流で良い方向に進むし、

男、50才も過ぎれば、

自惚れない程度に自信を持とう!

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そして、中野駅南口近辺の「ふぐ料理屋」にバンドの中心的な彼ら彼女らと、

共に打ち上げをして、

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私は皆に、

「俺も見習って、もっと頑張るから・・・!」

と宣言してきた。

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私みたいに過去、散々と悪事に手を染め、

世間にご迷惑を掛けてきたのに、

私を受け入れてくれる同期生の人たち・・・。

そうした皆に心から感謝したい。

終電間際、

私は中野駅から麻布十番に戻ってきたが、

まだ娘は起きていて、

私のハットと眼鏡を取り上げ、

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笑っていた。

(嫁は眠たそうで、やや不機嫌ではあったが・・・)

さて、私がリーダーを務める「中野ジロー連合会バンド」も、

未だ未完成な部分もあるので、

良い形に作り上げなくては成らない。

同期生たちに対しても、

恥ずかしくない生き方を示し、

如何なる方向性で、

物を書き、

嫁と協力し合って、

娘を良い子に育ててみせよう!。

そう心から決意を更に固めるにも、

同期生のライブに行って良かったと思う次第です!!!

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2012年10月20日 (土)

「裏社会 噂の真相(彩図社)」が文庫化!

10月25日頃には、

私の4冊目の著書「裏社会 噂の真相(彩図社)が文庫本として書店に並ぶ事になった。

初の書き下ろし「刑務所ぐらし(道出版)は増刷になったが、

文庫化は初めての事である。

2冊目目の「刑務所の奇人変人(道出版)は、

私的には、

「大阪西成の女帝」とも言われる「フレンドのママ」

防共挺身隊の「故・対馬総隊長」

丁字家会の「桜庭正敏佐辰五代目」

私が刑務所で知り合った人々や幾度も服役を経験した人々などの事が書かれており、

割と自信作と言えるほど面白く読める本だと思っているが、

この「裏社会 噂の真相」が私の著作本では一番好評だった。

発売と同時に1日に150冊ほど売れていたそうだ。

今回、それで文庫化になった訳だが、

(そう簡単に文庫化とかならない時代です。あまり本とか売れない時代でね)

(余程、著名な作家さんでも・・・)、

これは娘と比べても、

お分かりのように、

小さくて手軽で持ちやすい本である。

価格も「619円+税」と手頃な値段。

文庫化までに、

暴対法の強化などで、

多少の加筆をしたが、

それは「脱法ドラッグ」や「愚連隊の増加」などの内容。

こうした問題に対して、

もっと深く食い込んだ物を書きたいが、

今はマスコミ規制も厳しくなり、

余り濃い内容だと書店には置いてくれなくなった。

こうした本は刑務所の中でも購入が禁止されるようにもなったが、

誰にでも読みたい本を読むという権利はある筈だ。

又、色々な事を知る権利もある筈だ。

権利も自由も一部の人以外は無くなりつつある。

何かと規制ばっかり強めて、

それで良いのだろうか?

暴対法の強化で更に愚連隊は増え、

犯罪も水面下で、

地下に隠れて行われるような時代となり、

これでは警察さんとしても、

逆効果で、

誰が裏社会の人間か判明し難く、

一般市民も不安を強く抱くだけではないだろうか?

私は28年間、

裏社会の中で生きてきた。

色々なマスコミ関係者も、

意外と裏社会を知らないもので、

又、裏社会でしか生きられない人の事も、

理解していない。

(裏も表も実際には同一化してる社会ではあるが・・・)

犯罪というのは決して無くならない。

(無くなったら警察さん要らなくなるし・・・。ん、要らない?)

ただ昨今は犯罪と言っても、

親が子を、

子が親を殺すとか、

仲間が仲間を裏切るとか、

地位的にもお偉い立場の人が、

又、世間的にもご立派な立場のある人が、

猥褻痴漢行為や万引き、盗撮、覚醒剤違法薬物、未成年の売春とかで、

結構、逮捕されている。、

投資という名目での詐欺やらお金持ちを狙った強盗、

僅か数万円のお金を得るためにタクシー強盗をしたり、

芸能人とか著名人を脅す、

親しい関係者から大金を騙し取るという手口の犯罪は増えている。

誘拐、身代金という事件も、

あまり表沙汰にはなってないが、

実際には相当件数は起きているので、

私も親として、

娘の事が心配でならない。

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(このサイズの本。又、この娘の笑顔、超可愛い!)

まあ、我が家では、

何かと娘はパパっ子で、

甘えて私の上に乗っては、

無邪気に楽しんでいる。

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(あのね。娘よ、私は物を書いたり、色々な事を調べたり、お勉強中なの)

(それでも可愛いから許す!)

娘に対して楽しく遊んであげる事も大切で、

(ん、逆に遊ばれてるのか?)

暇さえあれば、

私は娘と戯れているが、

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お勉強は、

アメリカや海外で暮らした経験もあり、

語学を専門的に習ってきた嫁が、

ディズニー教材などを使ったり、

実践的な英会話から、

三才時からクラシックバレーを習い、

アメリカでもトップクラスのバレー学校で教えられた事など娘にも・・・。

私はお絵描きの相手や遊び・・・。

まず如何なる業界人でも、

家庭というのを大事にしなければ、

何も達成できないと思っている。

特に子供に対して、

父親という存在は、

将来に強く影響するものだ。

いつか私にも「死」が訪れる時は来る。

「元ヤクザの娘・・・」とも言われるだろうが、

私なりにヤクザを辞めて、

「ジローに本なんか出せる訳ねえよ!」とも言う人は多かったが、

「歌舞伎町チンピラのココロエ(第三書館)」という三冊目の後に、

この本を出し、

今のところ、四冊の本を出している。

結婚も、

子を持ち育てるのも、

「無理だよ!」と言われたが、

19才年下の嫁と入籍し、

娘と共に幸せに、

しかも麻布十番という土地で暮らしている。

なかなかパソコンも覚えられず、

悔し涙を流しながら覚えたものだった。

人生の浮き沈み・・・。

そんなものには慣れっこで、

何が私に起きても、

挫けはしない。

そして、私も物書きを始めてから、

7年が過ぎた。

まだまだ新たなる事への挑戦。

着々と準備は進めている。

あとは如何なる結果を出すか?

「努力」というのは結果を出して「努力」と言うものになる。

結果を出さない努力は努力ではない。

さて、次の新刊と、

新たなる物を書く。

現在も、

少しずつ物を書いているが、

今日は、

六本木ヒルズへお買い物に行って、

嫁と娘とでお食事して、

それから私の母校、中野区立第9中学校、

23期生の音楽好きな人たちが、

中野区内でライブを行うから、

私も参加して、

彼らの歌を聴いて、

皆と懐かし話をして来ます。

何事も金が全てではない。

如何なる人を大事に、

又、

大事にしてくれる人と、

如何なる付き合いをするか?

私には、

家族は勿論の事だが、

良い友人知人、仲間たちを大事にしたい。

それが私の全てだから・・・。

まあ、今後はアウトロー的な事や裏社会的な事も規制強化で、

書いて本にするのは更に厳しくなるだろうが、

色々な方向性に目を向けて、

自分というものを見失わず、

行動するのみである。

(行動無くして前進無し!)

まあ、ご興味のお持ちの方は「裏社会 噂の真相」をお買い求め下されば、

嬉しい限りで御座います!!!

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2012年10月15日 (月)

【Play Togethe】DJ&DANCEイベント

昨日、新宿歌舞伎町の

Dream Store(ライブダイニングバー)

http://r.gnavi.co.jp/gcex000/

というお店でイベントが行われた。

主催は、

「SDK」というダンススクールをしている日美野めいびさん「↓」。

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(実は初対面なのです)

そして、会場には、

新宿スポーツジム代表のRkiyaさんが来ていた。

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(以前から知り合いだった二人でガッツ!)

バーレスク、HIP HOP

ガガ、Moves like jagger

HIPHOP、JAZZ、ベリーダンス、チェアダンス

などをSDKのメンバーをメインに他のダンサーたちが踊っていた。

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まあ、素敵な美女さんばっかりで、

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私はダンスとオヘソを眺めてた・・・。


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華麗でもあり、


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正統的で(ウチの嫁曰く)、

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礼儀正しいダンサーたち!


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やはり主催者の、

日美野めいびさんの踊りがズバ抜けていたが(写真 右)、

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K POPのダンサーも可愛いくて上手かった。

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ダンサーさん達も、

上手に踊りを皆で合わせるには相当にレッスンもした事だろう。



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会場のお客さんたちも、

目が釘付けになり、

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やはりガガ的になると、

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最高のノリに成っていた。


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(あらまあ、可愛いK POPの三人組)

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最後は主催の日美野めいびさんを中心にダンサーさん達で集合写真!

このイベントには、

フジ「いいとも」や韓国でTVデビューしたり、

テレ朝「銭型金太郎」のエンディングを歌ってた

「日野誠さん」という光ゲンジの諸星クンに憧れて、

スーパーアイドルしている人も、

ローラースケートを履いて、

ジャニーズ系の歌を歌いながら、

会場内を回っていたが、

あまりウロチョロで写メは撮れなかった(汗)。

彼はパフォーマー的に、

転んだり、滑ったり、

で、

お客さんからウケていた。

さて、さて、私も後に如何なるイベントを行うか検討中です!!!

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2012年10月13日 (土)

亡き実父と実母・・・。

私の両親は、

実母が16歳、

実父が27歳の時に結婚した。

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その頃、実父は中日新聞社を辞めて、

文春漫画読本で「大将さん」という連載作品で漫画家デビューしている。

昭和35年、私が生まれると、

名古屋から私ら家族と共に実父の母親も上京し、

実父は次々と数々の連載を持ち、

手塚治虫さんたちと「長編漫画研究会」を結成した。

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(この真ん中が実父の母親・・・)

こうして実父に抱っこされてる私を見ると、

私の娘に、

全く似ている。

私の実母の両親は、

名古屋では、

一番とも言われるような呉服問屋をして家庭で生まれたが、

実母が小学4年生の頃に続けて病気で死去した。

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「中村」というのは、

母方の姓であるが、

先祖を辿ると、

豊臣家の家臣から、

後には尾張榊原家に繋がる。

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元々は名門橘家と関わりがあったそうだが、

実母は兄弟姉妹(5人)共々

後には各自が親戚やお寺などに預けられて育ち。

そこで実母は、

洋裁や字から絵を書く事を習った。

着物のモデルをしている頃に、

実父と知り合って即、結婚。

まあ、まるで何も家庭的な事が出来ない実父を支えていた実母・・・。

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実父は幼少の頃から、

漫画ばっかり描いていたらしい。

実母は、

結婚前から、

ラジオの「のど自慢大会」に出場したり、

作曲家さんにも歌を習っていた事もある。

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幾度か実父が出版パーテイなどした際にも、

皆の前で歌を披露していた。

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後に「カラオケ倶楽部」にも所属していた事もあった。

洋裁は自らが、

アトリエを持ち、

ファッションデザイナーとして、

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刑事物語や創価学会創価班の制服、

ガソリンスタンドの制服なども手がけている。

実父の弟子には、

亡き、

はらたいらさん(高知県出身)も居たが、

未だ漫画家デビューの前には、

小さなアパート住まいで、

何かと裏で面倒を見ていたそうだ。

実父は、

弟子には漫画を教えないで、

お酒の飲み方、

所謂、伊達な遊び方を教えていたとの事だった。

それと人と人との繋がりで、

後に、

はらたいらさんは、

少女漫画でデビューをした。

一番弟子は、

愛知県蒲郡市出身の高信太郎さんで、

我が家に住み込んでいた事もある。

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(後に実母が経営するパブクラブ「漫画廊」にはよく来ていた、はらたいらさん)

実父は若くして売れっ子の漫画家に成ったので、

だいぶ図に乗ってて、

同じく売れっ子に成ったはらたいらさんと、

不仲に成った事もあったが、

それでもよく新宿のゴールデン街で一緒にお酒を飲んでいた。

私が暴走族時代にも、

はらたいらさんは、

可愛がってくれたものだった。

そう本当に人柄の良い方で、

お亡くなりに成った時には、

私も悲しかった。

葬義には、

私は参列したが、

その前に、

実父と不仲に成ってた関係を何とか解消したくて、

幾度も私は連絡をしたが、

はらたいらさんは、

何も実父の事を悪く言わず、

仲良くなる事を拒んで無かったが、

あの実父は、

全くヘソ曲がりの頑固偏屈我がまま者で、

私は幾度も、

頭に被るベレー帽を剥ぎ取っては、

カッパハゲを皆の前で曝して叱ったものである。

高信太郎さんは、

実父が勝手に、

破門にしてしまい、

その事が、

今でも傷ついてるとか・・・。

私が中学生の頃は、

よく色々な珍しい料理屋に連れてってくれたから、

今度は私が超珍しいお店を案内したいのに・・・。

ん、何屋さんかな?

実母は実父に

「青春時代を奪われた」

とか色々な事を言ってはいたが、

一度は離婚して、

後にも再婚してるし、

私的には、

「何じゃろ?」と思うが、

「コンチクショーめ、お前らの離婚再婚で、

姓はコロコロと変るし、

小学校は3回も転校したし、

お陰で余計な苦労をしたのは誰じゃ!」

と私は両親に言いたいけれど、

この世には既に居ない。

しかし、今の私が存在するのも、

こうした両親が居たからだ。

特に私らの頃は、

「苦労は買ってでもしろ!」という時代でもあった。

だが、私は苦労を苦労と思わないタイプで、

小学生の頃から、

物が欲しければ、

新聞配達とかして稼いで自分で買っていた。

盗人、万引きの癖は無い。

そう早くから私は独立心が旺盛で、

「自分の事は自分でする」という考えだった。

今でも嫁の両親の、

スネをカジるのは、

嫁共々嫌いである。

まあ、何とか時間の都合を付けて、

愛知県で眠る実母のお墓参りに行って、

結婚と娘生誕の報告をしたいが、

実父の方は、

未だにお墓の場所さえ知らない。

このすっ呆け野郎ばっかりの、

実父側の親戚ども!

私は歯も入れた事だし、

そのうち頭をカジりに行くからね。

しかし、残念ながら実父側は、

頭の固い連中が多い。

そんな事よりも、

まず私は可愛いくて賢くて美人ちゃんの娘を良い子に育てるのだ。

お仕事的にも、

今月には、

「裏社会 噂の真相(彩図社)が、

多少加筆して文庫化発売されるし、

次の新刊も発売予定。

亡き実父が、

日朝、日中友好関係に尽力したように、

私も少しは、

他国との友好に尽力する活動を考えている。

それも着々と進んでいるが、

パスポ-トの有効期限が過ぎたので、

更新に行かねば・・・。

というか、

いつも海外に行く話は途中で流れてしまう。

というか、

私、行けるの?

関西方面には、

再び行く予定でいるが、

いつ愛知県に行けるのか?

仕方ない。

昨日は六本木でダンスしたが、

明日は新宿に行こうっと!!!

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2012年10月 5日 (金)

関東連合とは・・・。

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何かと様々な事件で名前が挙がる関東連合・・・。

1977年、私は都内中野区に暴走族ブラックエンペラーを設立するにおいて、

都内世田谷区で行われていた幹部会で許可を得た。

当時の幹部会は、

関東連合ブラックエンペラーのアベ会長(神奈川から世田谷に移ってきた人)と、

赤坂ブラックエンペラーを設立したブワさんが中心に行われていた。

最初は私の地元の一個上の人が、

同じ高校の同級生で、

下北沢でリーダー格として存在し、

都内でも単車の頭をしていた人や「ヤンキーグリーンのスターレット」と言えば、

集会でもカーレーサー並の運転で周囲を圧倒させてた人(実際、B級ライセンスを持っていた)

と共に、

幹部会に訪れ、

設立の許可を得てきたが、

中野のリーダーには誰も立たず、

私の同級生を私は推薦したが、

後に大学進学の事もあって辞退をして、

最終的には私がリーダーを務める事に成った。

あくまでも私の一個上は許可を得ては来たが、

メンバーを集めたりして設立に関わった中心的な役割を私はした。

数ヶ月後には、

渋谷で他の暴走族と対立抗争が起きて、

アベ会長、ブワさんなどは逮捕されてしまった。

それも1977年の事だった。

以後、私らブラックエンペラーは、

関東連合のアベ会長が逮捕された事もあり、

連合に所属していた他のチームも同様に、

関東連合を名乗らなくなった。

後、80年代に入ってから、

関東連合のOBたちが、

親睦会的に関東連合を名乗り始めた。

あくまでも赤坂と中野は名乗ってはいない。

赤坂初代のブワさんは

暴走族を引退後、

実業家として成功した。

ブワさんは5人兄弟で、

和歌山県出身であり、

大阪の高校では番長してたが、

兄弟は早くも都内港区で実業家として成功し、

そうした関係もあって上京した。

私が暴力団組員してる時も、

逮捕されれば面会や差し入れに来てくれた。

裁判で情況証人に立ってくれた事もあった。

中学を卒業後、

私は親元を離れて暮らす中で、

実の親以上に面倒を見てくれた人である。

今でもブワさんの話をすると、

涙が出て、

嫁には、

「アンタは本当にブワさんが好きなのね」と言われる。

私はブワさんという人の存在が無ければ、

暴力団組員を辞めようと思わなかったかも知れない。

ブワさんも暴走族を引退後、

少し横道に反れていた頃があった。

しかし、私らに対して恥ずかしくない男に成るため、

努力に努力を重ねて、

今は実業家として真面目に暮らしている。

そういう生き方の姿勢を私らに見せてくれたのだ。

ブワさんが真面目になると、

多くの後輩たちは裏切った。

それでもブワさんは怒らない。

後に関東連合に所属していた人たちの関係で、

関東連合ブラックエンペラーというのが、

再び若者たちの間で結成された。

都内では少なくとも、

赤坂、

中野は再結成していない。

まあ、中野では、

五個下位がリーダーの時から関東連合として暴走族した連中も居たが、

彼らは関東連合が私らの頃に何故に名乗らなくなったのか、

名乗り始めた頃の事も知らないからであろう。

中野ブラックエンペラーは、

仲間内でのカンパ集めや後輩苛めとかは、

徹底的に止めさせた。

七個下がリーダーの時に中野ブラックエンペラーは暴走を止め、

今では皆、真面目に暮らしている。

暴力団組員に成った者には、

中野ブラックエンペラーのOBを名乗らせない。

愚連隊してる連中も居ない。

当時のメンバーからは、

右翼や創価学会の幹部、

大実業家、

学校の先生、

俳優、

代議士などを輩出している。

物書きをしてるのは私だけ・・・。

私は決して彼らに対してご立派な生き方はしてこなかった。

しかし、暴力団組員を辞めて、

今では色々な政治家さんと議論を交わし、

政治活動にも参加しながら、

暴力団対策係から、

公安部の担当になり、

嫁と娘と共に麻布十番で暮らしている。

一切、悪事には加担しない。

暴力団から金銭を受け取りもしない。

ブワさんが私に自らの生きる姿勢を見せたのを私は見習っている。

人間にとってお金は必要ではあるが、

大切な仲間たちを裏切ってまで、

お金を得るのは如何なものか?

ライターとして、

取材したから後は、

如何でも良いや、では良くない。

私は取材先との信頼関係を大事にしたい。

関東連合出身の人間として、

後に関東連合を名乗り出した人たちにも、

賛否両論はあれど、

私なりの生き方を示したい。

私も暴走族が、

1978年、道路交通法が改正されて、

ブラックエンペラーも暴走愚連隊となり、

1979年9月の集会を最後に、

暴力団に加入するまでの期間、

愚連隊的な事をしてはいた。

同じような不良から恐喝したり、

衝突する事もあったが、

弱い者苛めはしなかった。

弱い者とは真面目に暮らしてる人や障害者、後輩など・・・。

まあ、からかう程度の事は多少したけれど・・・。

関東連合という愚連隊が存在していても、

弱い者苛めをする様な愚連隊には成って欲しくはない。

私が今の愚連隊及び若者たちに期待するのは、

自分らさえ良ければ、

という気持ちでなく、

何を自分の心の中で大切にするかという事である。

確かに今は何かと規制も強化され、

特に若者が自由に遊べる、

楽しむ場所は減った。

それにも問題があると思うので、

私は政治家さんや色々な方たちと話し合っている。

又、

そうした事を私も自らの行動で更に示したいものである!!!

そして、結果を出す・・・。

(その行動は現在の夫婦円満と次の著作本発刊で少しずつ示しているつもりで~す♪)

Bouryokudanhaijonikansuruseiyakusho
又、「↑」というのもマスコミ関係では強化されているが、

反社会的勢力とは何か?

私は法律に反した行為で勢力を維持する団体だと解釈している。

しかし、皆もご存知な様に全国各地に暴力団は存在している。

もしくは任侠系右翼も同様に存在する。

他、政治結社、宗教団体、NPO法人の団体、企業という団体。

その中に何かしらの犯罪を起こす人が居ないだろうか?

又、暴力団関係者というのも、

組員の家族や親戚、知人も対象となるのか?

私自身は暴力団組織から正式に除籍という形で、

東京都公安委員会からも受理されている。

私や嫁の親族関係にも暴力団関係者はいない。

私自身、今は嫁側の籍に入っているが、

嫁の実父は実業家であり、実母は飲食店を経営しながら歌手をしている(某市長の親戚)。

私の実兄は大手企業の社員、

実父の親戚は余り付き合いはないが、

一応、国会議員と親しい関係であり、

実母の親戚は、

豊臣家の家臣から後に尾張榊原家の家臣となって、

親戚の長は港湾の役員をしている。

だが、私ら夫婦は各実家側を敢えて頼らずに生きている。

そして、私は過去の反省の意を込め、、

覚醒剤違法薬物撲滅運動や暴力団離脱者前科者支援という形で、

少しでも社会に良い貢献をするために「愛心会」の活動を行っている。

ただ暴力団取締り対策法が強化される一方の中で、

暴力団はシノキを失い、

会費無料で自由な愚連隊は増えている。

もうネット上でも、

お国に不平的な事を書くと逮捕の理由にもなる様だ。

それで良いのだろうか?

私は更に治安が悪くなる事を懸念する。

まあ、兎に角、暴力団でも愚連隊でも良いから、

女性と子供に危害を与えては良くありませんね。

私に?

勿論、私にも!

嫁と娘が泣くと東京タワーまで揺れますから・・・・!!!

(しかも恐ろし過ぎるほど娘は可愛くてお利口さんですので、ヨロシク!)

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