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2012年9月 4日 (火)

「実話時代10月号」の連載!

今回の「懲役ジローの全国セイハ」は「恐怖の木工場」に配役されてからの事が書かれてある。

Imag1248

京都刑務所は、、

規律は厳しい、

食事も美味くない、

盆地で夏は超暑いし、

冬は超寒いで、

収監を嫌がる関西ヤクザの方も多かった。

その中でも、

京都刑務所の「恐怖の木工場」と言えば、

鬼の廣田という名古屋刑務所から、

移動して来た如何にも、

鬼の如く厳しい看守が工場の担当をしていた。

まあ、それまで私は殆どの作業を経験していたが、

木工作業は初めてで、

鬼と遭遇するのも初めてであった。

その木工場で、

直ぐに雑居房の部屋長になり、

半年ほどで作業班長を任せられた。

殆ど関東の人間は居なかった。

関西の人たちは、

「ここは関西やでぇ~」と言うが、

私は「同じ臭いメシを食っててやな。関西も関東もあるかいな!」

と前刑の徳島刑務所で覚えたエセ関西弁で答え、理解者も増えて仲良く成れた。

鬼は鬼で、

「ここでは俺が親分だ、命令には服従しろ!」

と言っては、

服従しない懲役を

勝手な口実を作って、

即、懲罰取調べ連行で工場から放り出してしまっていた。

作業の生産率も、

全国の刑務所ではトップクラス、

残業など当たり前、

何かと言えば、

関西ヤクザの組長クラスの方でも、

平気でボロカスに罵っていた。

私は看守にゴマするのも嫌い。

作業班長に付いても、

自身が正しいと思った事は、

鬼に対しても、

黙って服従せずに、

ハッキリと言っていた。

私らの作業は製品を組立て、

最終的な検査を済ませて、

業者へ出荷する、

工場内でも重要な役割の作業場で、

そこの班長・・・。

そして、ここから機械班に付ける懲役を私が推薦したり、

鬼が選んだり、

そのためにも、

私はエコ贔屓とかしないで、

他の誰よりも必死で自ら作業をしていた。

Imag1249

まあ、班長の役に付くと、

班内の揉め事も上手く治めたり、

優良製品を作らないといけなかった。

その時の事が今回の連載には書かれてある。

私はシャバでは平気で事務所ごともサボったり、

余り真面目なヤクザでは無かった時も多いが(・・・というか真面目にヤクザって何?)、

刑務所には全国各地のヤクザが服役しているし、

意外と真面目に務めていた(この時も三年の刑期で無事故懲罰無し)。

私は「鬼に鍛えられた」と思っている。

刑務所で如何に務めたか、務め方をしたか、

というのも出所してから、

反映するもので、

私には良い経験だった。

それに耐えられたのも、

亡き前の川村伸一という一家内でも、

超口煩い事で有名な親分の下で、

親分宅の部屋住みや運転手を経験したのが、

良く生かされたと思っている。

川村の親分宅で部屋住みを、

親分が「よし」と言うまで務め終えたのも、

数々の組員の中で私だけであった。

親分は、

「どうでも良い様な若い衆なら幾らでも集まる。

だがな、どうでも良い様な若い衆は要らん!」

という考えで、

20代半ばには組長になり、

おそらく何百という数の不良が、

組に所属しては、

どうでも良い組員だと、

親分自らが放り出したり、

組員自らが耐え切れずに去っていた。

最終的に川村の親分が死去する際には、

数人しか組員は残ってなかった。

私が前刑の時に川村の親分は脳出血で死去して、

最後を見届けられなかった・・・。

こんな私を親分は若頭の役職にも付けてくれたのに、

残念というか、

申し訳なかった、というか、情けなかった、というか、悔しかった、というか・・・・。

徳島刑務所を出所後は、

同じ一家内の別の組に移籍して、

新たに一から出直しで、

しかも今度の親分は、

川村の親分とは、

また違う意味で厳しかった。

何しろ、国士舘大学出身の体育会系・・・。

しかし、私は六回の服役で、

やや自暴自棄的になっており、

真面目にしたり、

超不真面目だったり・・・。

この七回目の京都刑務所では、

色々と考えさせられた。

そうした事は、

また後の連載に書くが、

結局は、

京都刑務所を出所後、

私は大阪でスッタカダッタの問題が起きて、

それを機会に正式に離脱を許された訳であるが、

こうして現在まで物書きを続けられ、

19才も年下の嫁を貰って、

超可愛くて賢い娘を授かり、

麻布十番と所沢に住める様になったのも、

厳しい親分や鬼の如き看守のお陰だと思っている。

今では私の親分は娘・・・。

ウチの娘は、

鬼嫁さえ「恐ろしや」と言うほど・・・。

泣くと麻布十番中に声は響き渡り、

直ぐに私や嫁を叩く・・・。

色々な意味で困ったものである。

今、暴力団排除条例とか、

暴力団取締対策法の規制が強める中で、

次々と離脱する組員が増えた。

ただ離脱しても、

簡単には就職先も見付からず、

また犯罪に手を染め、

愚連隊的な徒党を組むケースも多い。

しかし、何事も、

それまで如何に生きてきたかが問われ、

私みたいな野郎も稀ではないだろうか?

「人生、何事も無駄は無し」ではあるが、

私は無駄なお喋りや無駄な行動もするけれど、

結果的には無駄にしない。

嫌というほど浮き沈みも経験した。

物書きに成るのも元々がマイナスからのスタートだった。

人生経験を良い方向で生かそう!

何もかも失っても、

自分らしさを貫いていれば、

悔い無き人生を送れる。

私が頑張る事で、

同じ様な暴力団離脱者に励みや希望を与えられるとも信じたい。

では、未だ続く連載をお楽しみに~♪♪♪

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