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2012年4月15日 (日)

昭和残侠伝 死んで貰います!

この映画をご覧になった方は、如何に思われたか?

私は涙が出て止まらなかった・・・。

ヤクザはカタギに成ろうと思っても、

生涯、過去の恨みつらみからは逃れられない。

健さんは恩ある方のために再びドスを持ち、

ヤクザの事務所へ・・・。

「何年でも、待ってます。だから、死なないで・・・」

と藤純子さんが言っても、

「松、あとは、この女を頼むぞ」と・・・。

健さんの舎弟分の「ヒヨットコの松」も一緒にと言うが、

「助っ人は要らねえ、俺が売られたケンカだ」と・・・。

まあ、それでも兄弟分は同行したが、

相手のヤクザに殺され、

健さんは相手のヤクザを次々と長ドスで切り倒し、

最後は親分に、

「死んで貰うぜ!」

とグサリ腹を刺して殺す・・・。

その場で逮捕され、事務所から出てくる健さんに、

ソッと上着を掛ける藤純子さん・・・。

背中で吼える唐獅子牡丹~!

で、ウチの嫁は、

私がブタ箱に放り込まれても、

待たないと!

別に待ってて貰おうとも思ってない。

ヤクザであれ、カタギであれ、

やらねばならない時はある。

何も悪さしなくても、

何やら訳の分からん罪名で逮捕をされる事もある。

特に私などが、

「てめえ、殺すぞ!」

などと冗談で言っただけでも、

冗談では許されない。

やはり昭和の時代は良かった。

任侠ね・・・廃れた。

義侠心・・・消えた。

感動・・・薄れた。

私は、

如何なる時代に成っても、

持ち続けたい。

イカサマは博打に限らず付き物だが、

見破られたら終わりです。

イカサマ、インチキ総長も、

バレちゃったし、

「へいへい、私ら商店街屋さんの総長でして、

実在してた本物のエンペラーとは別にお考え下さ~い!」

と認め書きしなさい。

そうじゃなければ、

私の臭いオナラを、

嗅いで貰いますよ!!!

__2_21

(全く間に入ってる人間も、やる事が遅い!)

(ホンマに、眠たい話じゃ!)

(で、映画もビールを飲んで寝ながら観てましたぁ!)

さて、今日は天気も良いし、

色々とお買い物回りして、

何処かで美味しい物を食べようっと!


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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

まず平成になって不況は増せど、違うもんは違う、正しいもんは正しい、と、イエス、ノー、をハッキリと言えない大人が増えたのは良くない!

投稿: 中野ジロー | 2012年4月15日 (日) 10時02分

こんにちは。自分は高倉健さんでは、網走番外地がDVD化されてから全巻視聴しまさた。

前期シリーズの【末広勝治】のシリアス路線と、後記シリーズの【橘真二】では、【八人殺しの鬼寅】の嵐寛十郎が出てくる前期シリーズが好みでございます。溜めに溜めた怒りを最後に爆発させるところは、実録路線以外の東映の真骨頂ですね。

話し変わりますが、今日たまたま刑務所関連の本読んでたんですが、ジローさんが以前服役していた徳島刑務所、あそこは強烈な印象を受けました。。、

投稿: 板橋 | 2012年4月15日 (日) 18時23分

板橋様
私は小学生の頃から任侠映画ばかり観てました。亡き実父も、親友の初代凡天太郎さんが東映でお仕事をしてた関係、私が小学1年生の時、最初に離婚し、実母は悪役俳優の上田吉二郎さんと・・・。その影響もあったのかも知れません。
小学1年生の頃まで住んでた常盤台の住居には、東映の方々がよく来てました、成田三樹夫さんとか・・・。遊び好きな俳優、落語家、漫画家さんの溜まり場でしたから・・・。

高倉健さんの映画は、嫁の実父が全巻視聴というよりも、全巻を何十回も観てセリフまで覚えてます。

やはり男は我慢に我慢を重ねて最後に、というのが、こりゃあ堪りませんね。やたらとドンパチする映画よりも・・・。

実録物は、ある意味、元の題材が有るので作り易かったのでしょう。

今は亡き川村の親分の自宅で部屋住みしてる時は一緒に任侠映画を観るのが常でした。大概、1日に、2、3本は観てましたが、その間、私は煙草も吸えず、ズーッと正座で、親分は「いいか、ジロー、ヤクザとはな・・・」と語るのが常で・・・。それも今では良き思い出になっています。

徳島刑務所の話は私も「刑務所の奇人変人」に少し書きましたが、通常では考えられない事ばかり・・・。
例の徳島刑務所暴動騒ぎも私が務めてた工場。当時は錚々たる方々ばかりでした。
何しろ、未だ大阪戦争、山一抗争、中野会の問題も・・・。
関東の人間は工場に数名程度しか居なかったです。それでも私が関西に行くと同じ工場の方々が何人も集まって来てくれました。
当時の服役では川村伸一親分も移送前に亡くなり、色々な悩みを私は抱えてたけれど、満期を終えたのは阿波踊りの真っ最中。
放免には後の親分の組から羽田空港に数名で出迎えに来て頂きました。
この服役で私は二度目の「人」誌に佳作入選。次の京都刑務所で三度目。それが本気で物書きを志すことに・・・。
私の書くことは溜めに溜めた思いを、伝えたい物を爆発させた文章でありたいと思ってます。

私は初犯から21才で、成人再犯の甲府刑務所でした。殆んど周囲は、一回り以上は年長の方々ばかり・・・。刑務所は私にとって良い学び場でした。
昔は「刑務所もシャバも同じヤクザする場に変らない」が「ヤクザはシャバに居てナンボ」に変ってしまった・・・。まあ、私はヤクザ辞めましたが、中野ジローは辞めてません。服役中から中野ジローの名前で物を書いてました。今でもパソコンを更に覚えながら、時に悔し涙を流しながら、何度も何度も書き直して原稿を仕上げてます。
私の場合、編集の方も私の取材先や私の知人たち同様に生きた方々も納得がいく文章が求められている。マトモに大学の文学部を卒業した人でも、何十年も同人誌に投稿し続けてる人でも、一冊の本を出す事自体が厳しい世の中です。私は人様に負けない以上の努力を重ねなければいけない。それが今の育児も私にとっては私自身を育てる糧だと捉えています!
心の痛みを知り、人の心を湧きたてる作品を書き残したいものです・・・!

投稿: 中野ジロー | 2012年4月16日 (月) 09時00分

この おっさん
この写真とかどうやって写してんだw
まさか娘には、まだ無理だろうし
嫁さんか?

投稿: | 2012年4月16日 (月) 10時57分

アホクサ野郎!facebook に遊びに来なさい!

投稿: 中野ジロー | 2012年4月16日 (月) 12時58分

普通、そんな事が気になるか?アホクサ野郎、そんなに羨ましいのか?男なら男らしく生きなさい、まぁ、それかチンポコ切られなさい、健さんに!

投稿: | 2012年4月16日 (月) 14時41分

↑は私です。誤解の無いように!
男なら堂々と生きる事、アホクサくん!

投稿: 中野ジロー | 2012年4月16日 (月) 14時50分

健さんと以前お会いしましたが、礼儀正しく映画のまんまでした。

投稿: 中野坂上 | 2012年5月 5日 (土) 01時27分

みたいだね。私も何度か色々なイベントで審査員したけど、ステージの上でも楽屋でも変らずの人に良い評価をした。
俳優さんには私生活がない、常にマンマでいなければね。
私は俳優ではないけど、マンマの自然体でいたい。

投稿: 中野ジロー | 2012年5月 5日 (土) 05時02分

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