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2012年3月13日 (火)

私の父親は!

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2008年7月、私の父親は80歳を前にスキル性胃癌で死去した。

その何ヶ月も前から名古屋の愛人さんが、

「ジローくん、お父さん、食事も喉と通らなくなって・・・」

という連絡があった。

「従兄弟でも何でも良いから、オヤジが嫌だと言っても、病院に無理矢理でも連れてって!」

と言い、そして、病院に行ったら残命二ヶ月と・・・・。

愛人さんは泣きながら電話口で、

「ジローくんのお父さんだものね。お父さんに何かあったら直ぐに知らせるから・・・」

と言ってたが、

死去の知らせが届いたのは、

死去して1時間数十分経ってから・・・・。

その三日前から愛人さんに電話しても出なかった。

おまけに従兄弟も・・・。

既に葬義は静岡の後妻を中心に決っていた。

後妻は先妻の子である私の事を嫌っていたのも知っている。

父親と対して変らぬ年齢で子供もいない。

しかも静岡には、

もう一人の愛人さんがいた。

この愛人さんとは、

私は葬義場で始めて会った。

名古屋の愛人さんとは、

私も何度も以前から会ってはいたが、

父親も年齢が年齢だし、

夫や子供が居たから、

まさか、愛人関係だったとは・・・。

葬義場では、

後妻に並んで名古屋と静岡の愛人さんが仲良く談笑していた。

所謂、皆で父親の遺産的作品狙い・・・。

それに対し何も言えない従兄弟や父親の弟とか・・・。

数ヵ月後、

「後妻が来て、未だ名古屋に残ってる作品を取りに来て!」

と私のもとへ連絡してきた従兄弟・・・。

そう血筋的に父親の物に手を出さない様にするのは、

後妻以外には私しか居なかったからである。

私は父親の遺作とかを金にする気はない。

ただ私は遺作を再び世に出す事が出来る立場にいる。

それだけの協力者も私の周りには存在している。

生前、父親は遺作が後妻の手に渡れば無駄になると私に言っていた。

名古屋の愛人も、父親の遺作を再び生かせるのは私しか居ないと言っていた。

結局、こやつらは、父親の遺作狙いだったのか?

後妻と共に葬義場でニコニコしてた静岡のギャラリーの社長らも・・・。

私は金など普通に暮らせればいい。

たとえ色々な圧力とかで物書きの仕事を全て失っても、

私は負けはしない。

悪さしなくとも収入を得る手段は知っている。

物を書く仕事も自力で何とかしてみせる。

実際、物書きの世界に入ったのも、

誰のコネを使った訳ではない。

もっと金儲けする手段も知ってはいる。

大して物書きの収入など知れている。

だが、敢えて私は物書きの道を選んだ。

色々な理由があるが、

一つは父親の果たせなかった、

父親の知らなかった、

父親の息子としても、

書き残さねばならぬものを伝え残すこと・・・。

金や欲望は人間を変える、変えてしまうほどの、

恐ろしい力を持っている。

私は、

どれだけの年齢に成っても、

たとえ嫁や子供が居ても、

私は私で変らない、変りたくない。

良い意味では変らなくてはならないが・・・・。

そう私は父親の子供として生まれ、

今は中野ジローとして生きている、生き続けていく。

私が父親の死去で味わった悔しさ・・・。

今までも多くの悔しさを乗り越えて生きてきた。

今では私に悔しさを感じてる者たちも多い事だろう。

所詮、私は生まれた時に、

医者は、

「育たない」

と言われたが、

私は育ち、

「いつ事故で死ぬか、殺されるかも・・・」

という世界で生きてきた。

だが、悔い無き人生を送りたい。

もうすぐ父親が死去して五年が経つので、

そんな風に思って書いた今回の日記・・・。

私は私の信念を曲げず、

キチンとした方の指導を受け、

良い仲間たちに恵まれ、

今日という日を生き、

明日を生きる。

2チャンで何か書いてる?

ただアホクサ野郎だと思ってるだけ。

つまらんヤツが世の中には増えたものである。

私は何処へ行っても、

腐れ果てても中野ジロー!

そう簡単には腐らんが、

腐らせられるものなら腐らせてみなさい。

父親は女と過去の栄光に溺れて悲しく亡くなったが、

私の心の中には父親の意志と、

今は亡き母親の意地と、

仲間たちの思いと共に

強く残っている。

父親よ、母親よ、

あの世で仲良くしてるか?

ウチの娘を抱きたかったか?

私は嫁と仲良く、

娘の将来を考え、

キチンと良い方向へと育てている。

心配せず、

あの世で見届けていてくれ、

必ず私は、

私の使命を果たしきれずとも、

前向きで倒れてみせるからね!!!

(で、父親のお墓って何処よ? 全く父親側の親戚は私以上にロクなモンじゃない!!!)

(従兄弟の名前は「真人」というが、真な人ではない)

(お~い、私が名古屋行っても逃げるなよ~!貴様も元暴走族の頭だったクセしよって!)

葬義場で

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

物書きの世界は...

コネ半分、実力半分...

せめてもの救いは
youtube,Ust,twitter,BLOGOSなど
自己発信が自由に出来るようになったこと。

近年、物書きより物打ちに。

そう考えるとひと昔前は酷い。。

twitterでメルマガが主流になる日も近い?

ジローさんのご活躍を
もっと多くの人達に知ってもらいたいですね。


投稿: タロー | 2012年3月13日 (火) 10時34分

物書きでも自分で書かないで有名に成れた方も居ます。私は拙くても何度も書き直しても自分で書きたいです。しかし、2チャンには書きません。確かに書物も電子書籍が増えました。ただ文章は紙面の方が読者に伝える効果は有ると思います。

投稿: 中野ジロー | 2012年3月13日 (火) 12時29分

ジローさん、最近このブログを知り楽しみに読んでいます。私自身アウトローとは無縁なのですが興味があり色々お聞きしたいことがあります。
瓜田さんについてですがネット上では誹謗中傷が多々あります。私自身はブログ等を読むととても魅力ある方だな、と思ってるのですが。
瓜田さんは凄い人だったのですか?
たとえば彼の同年代の人たちからは恐れられてたとか。
またナックルズやマッドマックス等で岩崎氏を知ってましたが実はそんな方だったのですね。
かなりこのブログは興味深く読ませていただいてます。
今後もがんばってください

投稿: まさ | 2012年3月14日 (水) 14時35分

まさ様

有難う御座います。

誰に対しても誹謗中傷はある事でしょうが、事実か、事実でないか、それだけの問題です。私は事実を伝えたい、誰に対しても当人の前で、それは違うと事実を言っています、ほぼ事実を書いてきました。

瓜田純士は私が知る限り純粋な男です。何が凄いか凄くないか、恐れられていたか、は、人の捉え方ですが、ある意味、恐れられてもいることでしょうね。

ヤクザをしていて絶縁所払いになり、歌舞伎町を歩くな、と言われ、今では堂々と歩けるようになった、と聞いてます。色々と浮き沈みを経験しながら、周りが彼を認めるようになったのでしょう。ただ彼の実父の遠藤さんは「如何に」ですが・・・。

そんなヤツですよ、岩崎は・・・。金が欲しければ平気で人も裏切ればウソをつくインチキ野郎・・・!

私は人を裏切ってまで金を得たくない、私よりも若い世代の人間に希望を託したい、そして、私は私として私にしか書けない物を書く、書かせて頂くように取り組む。これからはマスコミも本当の意味で実話が求められる時代となる、そう信じたい、そう信じて頂きたいですね。しかし、やたらとマスコミに、これを書くな、こういう事を書くな、という規制が増えました。例えば、部落、在日、シャブ、エログロ、ヤクザ・・・。そうした事は一部の出版社だけ書ける・・・。それを踏まえた中で私は書かせて頂ける、取り上げてくれるだけで嬉しく思ってます。まあ、色々と私に書かせるな的の連中も多かりしですが、負けはしません。たとえ如何なる仕事を全て失い、収入の道が途絶えても、元々がマイナスからのスタートでした。如何なる苦難も屁のカッパです。人間、金よりも大事なものがあるんじゃないの?という感じで生きてます。

作家とは「コネ、直感力、自信」と故・見澤知廉氏は語ってます。彼は元極悪から新右翼の活動家・・・。獄中にて優秀な作品を書き上げるまで17年は掛かったと聞いてます。私は、まだまだ、ですが、とりあえず私ら東京ブラックエンペラー出身者、カタギで頑張ってるぞ派は強き団結を固めてます。今まで大人しく黙っていたが、いい加減にしろの人たちで・・・!

ただエンペラー魂とは、自力で這い上がれ、が基本です。いつまでも暴走族?と笑う者もいれど、そうした思い出を大事にして今があり、これからがあります。笑わば笑え、青春時代の良き思い出の無いアホクサ野郎という感じですね!

投稿: 中野ジロー | 2012年3月15日 (木) 10時48分

私の実父は多くの作品を手がけ、多くの人を世に輩出したけれど、自身は常に孤独ではあった。私しか本当の意味で本音を語り合える人間はいなかった。それは実父自身が言ってました。ただ周囲には、金と実父の名に寄り添うお調子モンばかりで・・・。それも私からすれば自業自得だと思いますが・・・。私の周囲にはお調子モンは必要無し。ただ私も、少しはお調子モンに成りたいものですが、アチコチは嫌なだけです。人は頑固偏屈と言いますが、そうした団結は強しでしょうね!

投稿: 中野ジロー | 2012年3月15日 (木) 11時00分

お返事ありがとう御座いました 瓜田さんは不良の世界ではカリスマだったのですね?彼の文章を読んでると純粋な
人なのだろうな、と実は好感を持っていました。
彼の父の遠藤氏はヤクザの世界ではどんな感じだったのですか?
エンペラーではカリスマのような感じで書かれていましたのでヤクザでもやはり多くの方に一目置かれてたのですか?
中々書きにくいこともあるでしょうが瓜田さんの実際の部分をジローさんに語ってもらいたいです。
またジローさんも私達みたいなかたぎのファン多いのでしょうね。
ブログでしかジローさんを知りませんがとても好感を持っています。純粋な方なのでしょうね。
上の方達にかわいがられそうな感じが伝わってきます

投稿: まさ | 2012年3月15日 (木) 22時48分

まさ様

何を理由としてカリスマというのか、私には分かりませんが、そうそう他に類を見ない不良ではあったでしょうね、瓜田純士は!

投稿: 中野ジロー | 2012年3月16日 (金) 05時03分

あと純粋な人間を、なかなか理解できない人間も多いですから。確かに不良、誰しも屈折した感情は持ってます。誰しも個人では弱い。ただ生き抜くのは個人の力・・・。彼には良い方向で頑張って欲しいですね。

遠藤さんはヤクザとしては出世どころか、後に身を隠さなくてはならなくりました。確か代紋も三回変ったのかな? 二回目の時の組長さんや他の組員とは付き合いありましたが、遠藤さん自身と直接の付き合いはなかったです。しかし、やはり暴走族時代には「無敵の遠藤」と呼ばれてた方でした。ゆえに一目は置かれていた事もあったかと・・・。ただ「無敵」とは自分より強い人間と戦わなかったから「無敵」だとも言われます。世の中、ケンカの強い人間はゴロゴロしてますからね。ましてヤクザ・・・。幾ら強くても拳銃の銃弾には勝てません。瓜田純士とも今では交流が無いですからね。

私に好感? とても有難う御座います。私的には上の人から可愛がられるのも一部の人間だけです。つまらん上の人も多いですから、そんな野郎に可愛がられたくもありません。何だか私にもカタギの追っかけさんが居るようで・・・。確かに私は弱い者苛めが嫌いだった・・・。こんな中卒の私を大学教授の人でも可愛がってくれる・・・。それは非常に嬉しい事です。ただ上の人に対しても物をズケズケと言いますから、憎たらしく思う人も多いんではないかな?私のフアン的人物は不安なのばかりで・・・。でも、本当の大物的人物は年齢問わず、お互いに腹を割った付き合いしてます。私らは女に媚売ったりお調子回り野郎が嫌いな人間ばかりです。「これ、小遣い」と言われても仕事なら別ですが「要らんわい」という無理しても言ってしまう・・・。これからは「要らんけど、貰っとくわ」に成りたいですね。

瓜田純士とイベントとかしたいですけどね。ただ彼らの世代とは私ら大分考えが違いますから、私的には若者の気持ちをもっと知りたい、知らなくてはならない・・・。私らの時代は好き勝手が許された・・・。今は何かと、あれしちゃいかん、これもいかん、の規制ばかり・・・。若者には頑張って欲しい、それは私たちの年代の人間にも責任があるから・・・。何事も男・・・。父親という存在は大きく人生に影響を致します。私にとってブラックエンペラーは家族よりも大切なものです!娘には悪いけど、エンペラーの仲間たちが居なかったら今の私は存在してません。仲間を大切にしないで家族に本当の意味で幸せは訪れない。そう思って私は生きてきました。

投稿: 中野ジロー | 2012年3月16日 (金) 06時01分

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