« ウチの娘は・・・(汗) | トップページ | 私へのファンレター・・・。 »

2012年2月 8日 (水)

ブラックエンペラー事件簿

・都内から茨城の集会に中野は車数台で参加したら、取手で既にキラーとかと対決しており、何台もの車が大破。およよ?と思っていたら県警が来て、私らがやったと思われ、「どうせ俺は来月には退職だ。おまけにテメエらボコボコにしてやる!」と言われたが、他の警察官が仲裁に入り一件落着。だが、この事件で、先方の顔面が、まったいらになるほど殴って死亡させた茨城の頭(私の1個下)は久里浜少年院へ・・・(昭和54年?)。

・高島平とか戸田橋で警察官と衝突した挙句、私ら色々な支部の連中何10名が捕まり、川の横で整列され、逆らった1名が、警察官数名から袋叩き。それを止めようとした私は腕を棍棒で殴られ、とりあえずボコボコで解放。その所轄には実父の知人も居り、又、当時の総理大臣とも親しかった実父に事情を告げた所、「そんな事を警察官がする訳ない」と・・・(昭和54年)。

・甲州街道でパトカーを数台、ボコボコに潰して、警察官を引きずり出して正座させ、更に暴行を加え逃亡した所、威勢の良い警察官が物凄いスピードで走っている単車にタックル。この事件で数名が逮捕(昭和53年)。

・新宿歌舞伎町で国士舘勢及び暴力団組員と何度か衝突し、先頭切って戦ってたのは主に蛯沢とビシバシくん(昭和53年)。

・新宿靖国通りではナンパ待ちの車が何10台も並んでおり、中野エンペラー&国防青年隊&東京●田会顧問の実子、ア●キがマハシさんと知らないで揉めたり、未だ芸人ではなかったトンがネルズの石●を脅かした(この時、私も居た)。その後、これらの事件でア●キは逮捕され、テレビのウイークエンダーに出演(昭和54年?)。

・下北沢に全狂連が攻めてくるとの知らせで、私は先輩ツラして中野の後輩らと共に行き、
下北沢勢と共に後輩たちは全狂連をやっつけてたのを私は近くのビルの上で高みの見物。既にケンカが治まって、中野以外は現場から帰り、私は余裕で車の中に乗ってたら、全狂連が仕返しに来てやられてしまった。世田谷署の前で三茶の友人らに笑われた・・・・(昭和54年、私、組員)。

・中野新橋にスペクターが攻めてくると連絡が入り、私は応援に駆けつけたが、当時、エンペラーのリーダー格らとシャブ食って、襲撃の「し」の字も忘れて部屋で遊んでました(昭和55年)。

・下北沢の喫茶店で、下北沢の名の知らぬ先輩だがか、町屋の極悪リーダーに文句たれて、それを知った他の町屋極悪が数名で現れたら既に名の知れぬ連中は退散(昭和53年)。

・中野エンペラーが池田会の組員とディスコに行き、エバられて頭にきて組員らはビール瓶を持ってたが、エンペラーはボコボコにしてしまい、私も当時は同じ関係の組員だったが知らぬ存ぜぬで、中野エンペラーは暫く歌舞伎町に出てくるなと・・・(昭和54年?)。

・下北沢の喫茶店で、極悪、ゼロ、と暴走族サミットが行われ、戸井十月さんが取材し、カービートという雑誌に掲載。

・昭和53年、道路交通法改正前最後の集会が行われ、都内から三多摩と友に神奈川と合流し、茨城と千葉とも、セロと日韓連合も加わり、青山通りで日韓連合が事故で死去。この時の蛯沢は格好良かった。

・昭和54年9月、都内から湘南を走っていたら、三茶とかが続けて事故り、皆は、後は、ジローに任せると言われ、私らは茨城と共に逗子方面へ向かって、警察官に追われ、単車とか隠して歩きや走って逃げたら、足の遅い私が最初に捕まりそうになって、仕方なく皆は戻ってきて警察官とは話し合いだけで済ませた。

・昭和52年、練馬の友人らとエンペラーの集会に、未だ中野は結成されてなかったが、私はホンダのダックス50で何度か参加し、何度目かの時の帰り道で、碑文谷でバスに居眠り運転してオカマを掘り、亀頭を怪我して1針縫った・・・。

・昭和51年、新宿のハナヤという喫茶店に行くと、新宿エンパラーが溜まっており、何かと言えば因縁付けられるので近寄らないでいたら、歌舞伎町のシローという喫茶店に同級生がバイトしてたので行ったら、新宿エンペラーの本間さんも居て、コーヒー一杯で2000円・・・。

・昭和53年、神宮外苑にエンペラーは集会で行ったら、生卵が飛んできて、誰かと思ったら遠藤さんとチャーリーが居て、「何だ、ミナゴロシと間違えた、マ●シを呼べ・・・」みたいな事を言われ、マ●シさんは遠藤さんに足で往復ピンタの蹴りをくらい、以後、色々とあった・・・。

・昭和53年、幹部会終了後、また突然的に、マ●シさんと共に赤蜻蛉も加わったりして小岩までキラー狩りに行って、「ジロー、あいつらやって来い」と言われ、ビビりながら1人で行ったら、とりあえずエンペラーを名乗ったら、向かって来なくて助かった・・・。

何だか語れば語り尽くせぬほど色々な思い出があり、

昭和52年から、昭和54年までネリカンに入ってた時以外、

集会と幹部会は無遅刻無欠席で参加してたが、

岩崎の「い」の字も聞いた事はなかった。

誰しも、それは背後に暴力団が存在し、表立って言えないでいるが、

私は言える。トークイベントでも言ってきた。

ただ岩崎の店は未だ行く暇が無い、というか、もう何度か行ったので、貴様が何処かに来なさい。

え~、良い年こいても、オーラの無い男は魅力無しという中で、

天界は全く無しと、かつて多々芸能人とも交際していた女性は言う。

蛯沢も昔は、今は如何かと、故・真樹日佐夫偲ぶ会に行ったが、

何やら忙しそうなので会わずに帰ってきた・・・。岩崎は有るのかな?

スペクター花見(2年前だっけか?)、では、

遠藤さんはドシッと座り、

私が「メディアワークスの山本さんとは親しい友人ですか?」と聞いたら

「2、3回、会っただけ」と言って、

岩崎にも「山本さんと親しい間柄ですよね」と聞いたら、

「知らない」と言って、

私はブワさんに電話して遠藤さんと代わったら

「ああ、ブワ、懐かしいな、俺も店の方には遠慮して行かなかったんだ・・・」

と親しく会話をし、

私には何処の組織に居たのか聞かれ、

全ての事情を伝えると小●の会長に電話をする素振りだけして、

「後は蛯沢じゃなくジローくんに・・・」と言われたが、

私は蛯沢との関係の方が古くから付き合いは深くて、別に~であり、

遠藤さんは岩崎に息子、瓜田純士の事を色々と心配し頼んでいたが、

実は蛯沢は岩崎を兄貴と呼ぶ間柄であり、

蛯沢はメデイアワークスに居て、

岩崎もメディアワークスのVシネに出てたし、

私としたら何じゃら訳が分からなくて、

そしたら遠藤さん、岩崎は、スペクターの親方が来る前に、お帰りになり、

私は親方に「ジロー、これ食べろ」と食べ物をご馳走になって、

でも、幾らかは支払って(んん、支払ったかな?)、

花見はマッドマックスで記事になり、

その場には居ないブワさんと、もう1人の先輩が、

スペクターでは無いのに無断で掲載されて、

監修の岩崎に問い合わせたら

「マッドマックスが勝手に監修にした」と言い、

マッドマックスの編集長に事情を聞くと、

「エンペラー同士で揉めて下さい」との答え・・・。

それで結局、揉めている訳である!

更なるブラックエンペラー事件簿は、OB編と続くのであろうか?

とても大人気なくて、他の方々には申し訳なく思いますが、

私は思い出を大事にして生きてきた。

前には一度は揉めた後に一歩下がって、仲良く対談をして、

それを記事にして、という事になったが、

私の喋った事を岩崎が喋ったようにして

「エンペラーの真実は一つ」とマッドマックスに、

私を抜きとした記事で掲載。

裏切られた私は「我輩はダメヤクザである」の連載も仕事も辞めた。

マッドマックスは一冊の本になる資料も紛失。

それでは代わりに新しく連載とコミック本を、と言う話で、

再びマッドマックスとは和解したはずが、

「そんな約束してない」と編集長に再び裏切られ、訴訟に、と言うが、

訴訟は金の力で、ほぼ決るし、以後、謝罪無しで逃げ回る編集長。

マッドマックスに行っても、編集長は居ない事が多く、現在、探してます。

岩崎にも、映画の企画を出し、儲けさせてやろうか、と思い、

再び一歩譲って、ミュージアムさんの方へお話を、と言ったが、

ミュージアムさんは、「何も聞いてないですね」と・・・。

まあ、それで、またまた裏切られ、

色々と岩崎について書いているが、

少しは岩崎も、偽者を認めて反省するかと、様子を見た。

だが、反省してないので、もう一歩も譲れん!!!

さて、これは誰が悪いのか?

蛯沢の事は悪く書きたくないが、

本来、交流を禁止されてる組織と深い間の組織の舎弟。

遠藤さんは行方知れず。

私は、いつの間にやら瓜田純士の最低顧問。

(はい、過去、彼が出所後、私の「塀の中で懲りちゃった面々パート2」で、

新宿スペクターとレディースのカナ、統一戦線義勇軍と共に登壇して頂いた関係)

天界、エンペラー商店街の管理人。

岩崎、それの管理責任者。

表参道の事件で岩崎も逮捕されたというが、

主犯格の人たちは名前も知らないと・・・。

ヤクザのケツ持ち有り。

私、ケツ持ち無し、

一度、呼ばれて小●会長の兄貴分の集まりに客分で招待されたが、

誰の企業舎弟とかには成らず・・・。

山口組さん関係の組長からも企業舎弟に、と誘われたが、

ご丁重にお断り致しました。

現在、民族派団体一水会関係の公安指定者みたいだけど、

何処の団体にも所属してません。

右翼でも左翼でもなく、

正業で生きる一般市民として、

「愛心会」を結成し、

正式会員は会長の私だけ。

正式ではない人は多々有り。

正式に、という方が、

ちょっと左翼さんばかりなので調整中。

賛同者や活動方針は、

アメブロの方に書いてあります。

19才年下の嫁と、2才の娘持ち。

両親死去。

実兄、某有名自動車会社勤務なれど、ほぼ交流無し。

嫁のご両親は健在で実業家なれど援助無し。

何故か警察さん着拒する人多し。

まあ、こういうの本にしたいけど、

未だ子育てを優先し、

色々とお悩み中。

金銭的には悩んでません。

一応、麻布に住んでもいるし・・・。

腕力には自信ないけど、

平気で夜中の西成あいりん地区を1人で歩いてきました。

今まで都内の暴力団関係者が、

貧乏してる様なので、

相談に応じてましたが、

悪さには加担せず、

そして、

意味がないと思い交流を絶ち。

私の不良少年時の資料も、

某芸能出版会社が紛失し、未だ行方不明。

色々なテレビ局や出版社から相談は来ますが、

あまり仕事無し。

ノーセックス、ノーズリにて、やや欲求不満をブログで発散。

ブログに書くのも、

物を書く勉強と思いながら・・・。

ブログ内でしか物を言えない男ではありません。

過去、ひかりの輪さんの上祐さんと仏法論を交わし、

地区責任者の方から、

「凄い激論だった」

と言われました。

自分で自分の自慢もすれば、

失敗話も認めて、

バカも自慢してます。

・・・という事で、

アンタのブログは長くて、

同じ事ばかり、

しつこく書いて、

アタシの話し相手をしろ!

と嫁が怒ってるので、

この辺にて・・・・!!!

|

« ウチの娘は・・・(汗) | トップページ | 私へのファンレター・・・。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

私が、岩崎関係のお偉いさんなら仲良くした方が得だぞ、というか、知らん、自分等で解決しろ、と仰ると思うね(-_-)

投稿: 中野ジロー | 2012年2月 8日 (水) 14時36分

様々な秘話をロハ(笑)で読ませて頂き、ありがとうございます! ジローさんの文体は、失礼ながら上手くはないんですが、なぜか心に響いてくるんですよね。

『武士は食わねど高楊枝』よりも『食ってる武士の高楊枝』の方がそりゃいいとは思いますが、孤高を守って行って下さい!

投稿: 与平 | 2012年2月 8日 (水) 15時07分

いえ、こちらこそ、有難うございます。もっと文体とか学ばなければならないですが、やはり先ず書き続けていくこと。一流のライターさんに、基礎となる文体は教えて頂きましたが、キミの場合は語り口調で無理に技術を入れない方が良いかもね、と言われました。又、初期の頃に現代用語の基礎知識の編集の方から私が書いた時に、大勢の物書きが居るなかで、物を伝えたい、伝えようという人は少ないけど、それを貴殿は持っている、という言葉は励みに成りました。もともと誉められて頑張るタイプですが、私の周りは、なかなか厳しい方ばかりです。

私は高楊枝よりも、妻の用事ばかりの爪楊枝(*^^*)
なかなか書く舞台が作れません(-_-;)もっと本も読みタイですね、読まなくてならないと思っています!

投稿: 中野ジロー | 2012年2月 8日 (水) 21時42分

ジローさん、こんばんは!出版業界もご多分に漏れず鍋底景気なのでしょうね。諸事情お察しいたします。

ところで元「ヤクザ」の作家と言えば、安部譲二さんが思い浮かびますが、氏も50の齢を迎える頃に、室内インテリアの専門月刊誌に連載した「府中木工場の面々」と言うエッセイが初執筆ですので、ジローさんのスタートは、決して遅くは無いと感じてます。

僕は特に「歌舞伎町チンピラのココロエ」が、出色の作品だと思います。

喜び、怒り、哀しみ、楽しさ、そして人間愛が、無意識の内に散りばめられ、登場人物のキャラクターも目に浮かんでくるようでした。

これが一読者の僕から見た、作家中野ジローの筆力だと思います。

「待機」の項の一節などは、最初はハラハラしてましたが、オチには声出して笑ってしまいました!

ご所属されていた組織のカラーと、ご時勢からして、あの作品のは映像化などは難しいのでしょうね。

ときに、ジローさんの作家としての強みはやはり、幅広い人脈のネットワークと、取材のフットワークの軽さでは無いかと勝手に思っている次第です。

ジローさん言うところの「チンピラ」とは、媚びへつわらず、つまらない権威や、偽善者に対して常にペンの牙を剥く心意気だと捉えております。

作家として、大輪の花が咲くことを信じております。

コメントと言うより、ファンレターですね、これ(笑)

投稿: 与平 | 2012年2月 8日 (水) 23時42分

ジローさん


これからのヤクザ業界
どうなって行くと思いますか?
業界も法律改正、不景気、高齢化、人材不足、組織に属してるだけで長期服役
などなど
いっそう厳しい時代に向かっていますが
ジローさんの見解を
よろしくお願いします

投稿: てつ | 2012年2月 9日 (木) 08時02分

出版業界もご多分に漏れず鍋底景気なのでしょうね。

>はい、多々雑誌は厳しい状況です。訴訟や何じゃらとかも多いし・・・。

ところで元「ヤクザ」の作家と言えば、安部譲二さんが思い浮かびますが、氏も50の齢を迎える頃に、室内インテリアの専門月刊誌に連載した「府中木工場の面々」と言うエッセイが初執筆ですので、ジローさんのスタートは、決して遅くは無いと感じてます。

>あの方も、「塀の中の懲りた面々」の2冊目でヒットしたと聞いてます。とても頭脳も優秀で賢い人でした。

僕は特に「歌舞伎町チンピラのココロエ」が、出色の作品だと思います。

喜び、怒り、哀しみ、楽しさ、そして人間愛が、無意識の内に散りばめられ、登場人物のキャラクターも目に浮かんでくるようでした。

>確かに実話ドキュメントに連載時、最初は3回のはずが永久に、という事になったのですが、関西でひと悶着あって、私は原稿よりも悶着の方で男の意地を選んでしまい、それがキッカケでヤクザを辞められました。


これが一読者の僕から見た、作家中野ジローの筆力だと思います。

「待機」の項の一節などは、最初はハラハラしてましたが、オチには声出して笑ってしまいました!

ご所属されていた組織のカラーと、ご時勢からして、あの作品のは映像化などは難しいのでしょうね。

>企画は出して映像化は決して無理ではなかったと思いますが、させたくなかった方が居たようです。

ときに、ジローさんの作家としての強みはやはり、幅広い人脈のネットワークと、取材のフットワークの軽さでは無いかと勝手に思っている次第です。

>私は殆んど取材では金銭的に利益を中心には考えていません。取材先から金銭を頂く事も無かったし・・・(初期の頃、1度は少し貰って編集員と分けましたが)。それと誰しもかれしも取材をしたくはありません。幅広い人脈が、なかなか生かせられないのが、ややお悩みです。

ジローさん言うところの「チンピラ」とは、媚びへつわらず、つまらない権威や、偽善者に対して常にペンの牙を剥く心意気だと捉えております。

>ですね。ただ私も時に偽善的ではあります。あと私自身は親分もチンピラも、あまり変らず、その人物の生きる姿勢だと思ってます。どれだけ偉い人でも、地位を失えば変りません。特に刑務所では何様も、これ様もなく、最終的には人柄でしたね。

作家として、大輪の花が咲くことを信じております。

コメントと言うより、ファンレターですね、これ(笑)

大輪・・・。咲かせたいけど、あまり欲は無いし、何とかご期待に、と日々精進致します。本当に、そう言って頂けると嬉しいです。有難う御座います!

投稿: 中野ジロー | 2012年2月 9日 (木) 09時38分

これからのヤクザ業界は、マフィア化、実業家、政治結社化、愚連隊的凶暴何でも有り派、ホームレス的軍団、という感じに区分されるのではないかと?

まあ、山口組さん既に全国制覇かな?と・・・。

実質上は、ある意味、力の強弱は役職では決らない一面もありますが、抗争も、地下戦争と経済戦争ですか? やはり在日さん関係強しか? 何だか関東が関西化、関西が関東化してきている様に思います。ただ関東は不良外国人に対しての対策が弱い気が致します。

投稿: 中野ジロー | 2012年2月 9日 (木) 09時53分

不良外国人?
ブロンクス生まれだがなにか?


-------------------------------------------------------------
日沖 律
153-0061
東京都目黒区中目黒5-22-3 StudioNisho1F
TEL:03-6315-0387 FAX:03-6326-542
E-Mail a@jpag.jp

ブログ「天界通信」
http://ameblo.jp/tennkai2/
-------------------------------------------------------------

投稿: 天界 | 2012年2月 9日 (木) 18時33分


で!国籍は日本なんだろ?

外人登録証持ってるんだ!

選挙権も持ってない奴がガタくれてんなよ!

ここは日の本一の美しい国なんだよ!

今日から、天界様は職質対応者だな。

うろうろしてるとバンカケラレルゾ。

投稿: | 2012年2月 9日 (木) 21時08分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ウチの娘は・・・(汗) | トップページ | 私へのファンレター・・・。 »